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第16話 次に起こりうる事件は


 牢獄ろうごくに投げ込まれた次の日の朝。

 皇帝自ら教会の地下牢にいる私を迎えにやって来てくれた。聖女であり、今回の魔物討伐の功績はもちろん、公爵令嬢に対する冷遇れいぐう。皇帝は教会側を激しく糾弾きゅうだんしたそうだ。

 さらに今回の幻狼騎士団が最後まで守り抜いた聖女の冷遇に、帝都の人々は非難の声を上げた。


 すでに帝都には、ある噂が広まっている。

「幻狼騎士団への無茶な討伐命令も、教会上層部による策謀さくぼうによるもの」という類のものだ。帝国に存在する騎士団は全て教会の管轄で、その数は十二。幻狼騎士団の人気は一、二を争う。そんな騎士団への依頼の多さ、そして教会からの物質補給がとどこおっていることなどが露見し、噂は一気に信憑性を得ることとなった。


 これらの噂を流したのは、私の使用人のロロと、皇帝が裏で情報を回したからだ。

 それと身を隠した幻狼騎士団が、置き土産として旅の途中で広めたものだった。もっとも全て事実なので、裏工作とか隠蔽いんぺいなどはしていない。全てを白日はくじつの下に晒しただけだ。

 帝国と教会の間に亀裂きれつが生じて喜ぶものもいるだろうが、ひとまず幻狼騎士団の噂に私は安堵した。


 ルイス皇帝と私を乗せた馬車は、キャベンディッシュ家ではなく皇宮、皇族の居住区へと向かった。

 使用人たちに出迎えられ──私はそのまま風呂場へと連行させられた。これは恒例行事のようなものだ。なぜか使用人たちに好かれており、訪れるたびに歓迎される。されるがまま体や髪を隅々すみずみまで洗われ、ドレスアップをさせられる。

 もともと公爵令嬢として幼い頃から使用人がいるので、この辺りは抵抗はない。もっとも野宿経験もあるので、一人で着替えも出来るのだけれど……。

 私が大人しくしているのを良いことに、使用人たちは「お肌が荒れているのでクリームを塗りましょう」だとか「髪を整えるほどに切っておきますね」など世話を焼いてくれる。


「アイシャ様の灰色の長い髪は、毎日手入れをすればもっとつやが出ますのに」

「頬は赤ちゃんのように柔らかくて、成長しても愛らしいですわね」


 私の母は皇族──というかルイス皇帝の妹でもあるので、別段文句を言う者もいない。それに皇帝の姪という理由で、何かと皇宮に招かれたのだ。

 それはキャベンディッシュ家に居場所がない私の事を考えてくれた、皇帝の配慮はいりょだったのだろう。使用人たちも皆優しく、温かい。いっそ公爵家を出て皇族に戻るのもいいかもしれない。母の遺品を取り戻すために、皇族に戻ることを断ったのだが、今回はその約束を私から破るのもありだ。

 なにせ母の遺品は、公爵家にはないのだから。

 情報戦において、私はあまりのも無知だった。だからこそ前回の私は、不足した情報の中で最悪の選択を選んできたのだ。自分の視野の狭さ、愚かさに、ため息しか出ない。理由はどうあれ時間が巻き戻った以上、前回のような失敗は絶対にしない。私はそう強く誓った。


 髪と体を洗われたのち、私は広々とした湯船に浸かった。「ふへぇ」と声が漏れる。


(……湯に肩まで浸かるのは、いつぶりかしら)


 キャベンディッシュ家では使用人と同じ扱いなので、浴槽にたっぷりのお湯を使う贅沢ぜいたくは許されない。せいぜい桶に湯を入れて、湯あみ程度だ。


 体の疲れを癒した後はスキンケアなどによって、磨かれ、髪を乾かしてもらい、ドレスにそでを通す。あっという間に身支度は整えられた。

 ベルトラインのドレスは、ウエストで切り替えしがあり、腰のあたりからスカートがボリュームを持たせているのが特徴だ。赤紫と金の刺繍がほどこされたドレスは、かなり高価なものだろう。髪も丹念たんねんにトリートメントされて灰色の髪が銀色に煌めいており、程よく切りそろえられた後ろ髪は一つに束ねられている。

 姿見鏡で確認するが、映っているのはどこからどう見ても、お姫様だ。さすが皇族の使用人プロだと称賛しょうさんを送りたくなる。


 豪華なドレスを身にまとって、ようやく私は自分が公爵令嬢だったと実感する。公爵令嬢としてのたしなみはもちろん、姿勢に至るまで体は案外覚えているものだ。


「アイシャ様、旦那様がお待ちです。こちらに」


 皇帝陛下直属の執事に声を掛けられ、私は頷いて答えた。


(……伯父様と再びお茶会ができるなんて、夢のようだわ)


 部屋を出たところで、何者かが執事と私の前に飛び出してきた。


「!?」


 私と執事は一瞬身構えるものの、廊下をさえぎって現れた相手を見て、すぐさま警戒を解いた。

 金髪のふわっとした髪の少年。琥珀色こはくいろ双眸そうぼうに、幼くも凛々りりしい顔立ち。白の軍服なら、物語出てくる王子だっただろうが、黒の軍服は冷徹れいてつな指導者を彷彿ほうふつさせた。


「アイシャ。婚約者に相談の一言もないとは、ずいぶんじゃないのか?」

「これはヴィンセント=シグルズ・ガルシア殿下、お久しぶりです」


 ドレスのすそをつかむと、膝を折って頭を下げた。公爵令嬢にふさわしい振る舞いだったと思うのだが、ヴィンセント皇子は不躾ぶしつけな視線を向けてくる。


「それで? 私の質問の返事は?」


 相談? 私は小首を傾げた。牢獄から助けを求めることだろうか。ひとまず彼の反応を見るため、話を誤魔化ごまかすことにした。


「殿下の仰っておられる話が、何に対してなのか……私にはわかりかねます。それに何をご不満なのかも話してくださらなければ分かりませんわ」

「なっ──ッ! それが未来の夫にかける言葉か!? お前が牢獄にとらわれたと聞いたが、なぜ私に連絡をよこさなかった!」


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