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62 半獣のもふもふ

「……今日はいろいろありました、本当に」


 ルシウス様と並んでソファに座り紅茶を飲むと、やっと落ち着いた気がした。

 食事は美味しかったし楽しかったしスープは辛かったけれど、なんだかどこかふわふわしてしまい集中できなかった。


 ルシウス様も、私がぼんやりしているのをそっとしておいてくれた。とても有難い。

「そうだったな。……この後、俺の部屋にこないか?」


 何気ない口調のルシウス様の言葉に、私は視線をさまよわせた。


「え、ええ。是非……」


「……怪しんでいるな」


 ルシウス様が私の様子にくすりと笑った。


「いえいえ、滅相もありません! どきどきすることはあっても、怪しいお誘いだなんて全く持って思ってません! 本当です!」


 私が思いきり否定すると、ルシウス様は吹き出した。

 ……ばればれだ。


 というか、安心もありどきどきもある部屋なのだルシウス様の部屋は。

 感情が色々あって、急なお誘いにびっくりしただけ。


 邪なお誘いだなんて思っていなかった……本当に。


「たまにはクローディアがくつろげる半獣の姿で、ゆっくりと酒でも飲みたいなと思っただけなんだが……」


「あわわ」


 邪なのは私の心の中だった。


「お誘いはとても嬉しいです! それに、ルシウス様の半獣の姿での色……見たいと思っていたので」


「それは……どうだろう」


 ルシウス様が言い淀む。私は弱さを見せないよう、にこりと笑って見せた。


「大丈夫です。無理はしません。……本当ですよ」


「そうしてくれ。本当にな」


 ルシウス様は心配そうに私の事を見つめた。

 ……私はこの人の優しさを、護りたい。



 ルシウス様の部屋で並んで座ると、さっきまでも隣にいたのに何故か急にどきどきとしだす。

 ルシウス様が立ち上がり、さっと後ろを向いた。ぐらり、と一瞬ルシウス様が揺れた気がして、次の瞬間には半獣のルシウス様が立っていた。


「……この姿になるのは、久しぶりだな」


 黒い耳がピンと立っていて、大きなしっぽが生え、手は獣に。


 もふもふの姿になったルシウス様を見たとたん、私のテンションはみるみると上がっていく。


 最近は私がルシウス様の人間の姿自体に慣れてきていたので、負担になるようなこの姿になってもらうことは減っていた。余計に嬉しい再会だ。


 ……ルシウス様は、屋敷だとしてもこの姿は他の人は怖がると思っているし。

 こんなに可愛いのに?


 理解不能もいいところだ。


「そうですね! もっと近くによっていいですか?」


「……いまだにこんなに態度が違ったのか」


 ルシウス様は、私の上機嫌に呆れたようにつぶやきながらも、また私の隣に座った。

 これ幸いとルシウス様が座る隣に、ぴったりとくっつく。毛がふわりと私の頬に触れる。


 ううう、もふもふの毛並み……。


「確かにそうですね。……人間不信じゃなくて、魔物好きだったのかしら……」


「ますます社交界で評判が悪い夫婦になりそうだな」


 私が驚いていると、ルシウス様は何故かおかしそうに笑った。


「ふふ、この姿で社交界にでますか?」


「魔獣使いとかよばれるんじゃないか?」


「もふもふで羨ましい……という羨望かもしれません」


「妙に前向きだな」


「現実です」


「……」


 ルシウス様が何故か黙ってしまったので、私はルシウス様の色を見ることにした。

 人間の時にはルシウス様への危険がないか見ているけれど……。


「……やっぱり、もやが」


 ルシウス様の周りを、紫と赤の色が渦巻いているのがわかる。以前見た時よりも、はっきりと。


「クローディアは何故、この色が見えると思う……?」


 ルシウス様が、まっすぐに前を見て、静かな声で聴いてきた。

 見上げても、ルシウス様は私の方を見ずにただ、まっすぐ前を見ている。


 ……何故、か。


 私はルシウス様にもたれかかった。ルシウス様がピクリと動いたけれどそれ以上は何も言わなかった。

 私には、色から見える感情を読み取る力はない。わかるのは……経験によるものだけだ。


「私は、今までいろいろな悪意に触れてきました」


「ああ」


「ルシウス様についている色は……紫と赤です」


「それは、どういう……?」


 よくわからないといった風に、ルシウス様は首を傾げた。それはそうだろう。

 私は言葉を迷いながら、続けた。


「……あの、ルシウス様が……」


「ん、俺が?」


「ルシウス様が発情期だったときは……黒でした」


 発情期、という言葉を言うのは、なんだか少しどころかかなり恥ずかしい。私が言葉に使えながら言うと、ルシウス様も同じように恥ずかしそうにした。


「いや! 特に何も他意はないんですが! ルシウス様が発情期だからと言って何も恥ずかしいとかもありませんし本当ですし!」


「……くくっ。動揺しすぎだクローディア。……変な空気にしてすまない。それで、どういうことだ?」


 続く言葉は、発情期とは別の意味で言い淀むものだった。


「私の考えであって、特に真実かはわからないのですが。そもそも説明したように、私の力ではその人の考えが正確にわかるわけではありません」


「それでもいい。教えてくれ」

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