「お任せください。手順はもう、わかっています」
グライグは、間違いなく避難させてくれるだろう。……もうすでに、慣れているから。
これ以上傷つけさせたりは、しない。
「ここにお願い」
部屋につき、ルシウス様をグライグがそっと横たえた。
ルシウス様は、自分を失ったように時折唸り声をあげ丸まっている。
私はルシウス様を寝かせたベッドに座る。
そっとルシウス様に触れると、身体がぞっとするほどに熱かった。
「どうか、クローディア様……ルシウス様を、よろしくお願いいたします」
「当然よ。私の旦那様だもの」
にっこりと笑うと、グライグは泣きそうにぐしゃりと顔をゆがめ、一礼し出ていく。
ばたり、と扉が閉まる。
しんとした部屋で、ルシウス様の荒い息遣いだけが、部屋に広がっている。けれど、見た目はいつものルシウス様で。
……まだ、ルシウス様は人間だと言えるだろう。
「ルシウス様! わかりますか、クローディアです! ルシウス様!」
どうにか目をあけて欲しいと名前を呼ぶが、何の反応もない。それでも、今この瞬間まで変態が始まっていないということは、ルシウス様が戦っているということだ。
……自分の中の魔物と戦う孤独な闘い。
しかも、その中にはルシウス様を呪った、ルシウス様の父親も居るのだ。
私の家族も、ルシウス様の家族も、大事なものは家と自分だけだった。だから、一人で戦ってほしくなんてない。
「……大丈夫ですよ、私が居ますから」
私はそっと、ルシウス様の身体にくっついた。頬を寄せれば、ルシウス様の体温が伝わってくる。
こんなに優しい人が、ただ生きている。それが、どうして許されないのだろう。
毎日を、ただ平凡に、時には幸せを感じたい。それだけだ。
それだけを、どうして許してもらえないのだろう。
許しを請わなければいけないのだろう。
私はふつふつと、怒りがわいてくるのを感じた。
フラウも、私を虐げるのはいい。
彼女が、私の事が邪魔だったということは、わかりたくないけれどわかる。私に虐められ、家を出されるのがフラウだったという可能性だってあったのだから。
けれど、どうしてルシウス様にこんな事ができるの?
その事が、まったくわからない。
ただわかるのは、彼はこんなことをされていい人ではないという事だけ。
彼の父も、フラウも、そしてきっと……フラウに指示をしただろうカリアン殿下だって、彼にこんなことをしていいはずがない。
ルシウス様の魔獣化をふせいで、その後に私はそれを知らしめる。何をしたっていい。何を犠牲にしても、罰を与えなければならない。
「絶対に許さないわ」
「……だい、じょうぶ、だから」
「っ! ルシウス様……!」
ルシウス様が、薄く目を開けた。そして、優しい眼差しで私を見つめた。
私に大丈夫だという為だけに。私の怒りを鎮めるためだけに。
きっと、それどころじゃなのに。
私の怒りに、大丈夫だと言ってくれた。
……なんて優しいんだろう。
この人を助けなければ。
私が怒りに支配されては、駄目だ。
……ただ、ルシウス様に集中しなくては。
「失礼します、ルシウス様」
「……な、にを」
私は、急いでルシウス様のボタンに手をかける。ルシウス様は驚いたように目を見開く。
ごめんなさい、と思いつつボタンをはずしていく。
「考えていたことがあるんです」
すべてのボタンをはずしてしまうと、ルシウス様の鍛えられた身体があらわになった。こんな時なのに、頬が赤くなるのを感じる。
回復魔法はその部位に触れることによって、魔力の通りが良くなると習った。だから、今回はルシウス様の肌に直接触れた。
そっと身体に手をおき、深呼吸する。
「私なら出来るわ……お母さん、力を貸して……」
祈るようにつぶやいてから、私はルシウス様の身体の色を見た。
黒い色と、赤紫の色が渦巻いている。それはこの間見た時よりもずっと濃く、まがまがしく感じた。この間ルシウス様が魔獣になってしまった時よりも、ずっと酷い状態だ。
これでは苦しいだろう。精神力で耐えているのだ。
「クロー……ディ……離れるんだ」
ルシウス様の苦しそうな声は、私を心配するもので、この力は絶対にルシウス様を助けるために存在するのだと確信する。
とはいえ、この間から何も変わっていない。具体的な方法はわからない。
だから、まずはこの間と同じ方法から試す。けれど、前よりもずっと魔力操作もできるようになっているし、魔力だってあるはずだ。
……お母様が魔導具で封じていた魔力は、ビアライド家にいるうちにどんどん戻ってきている。
じわじわと、本来の自分の力が取り戻せている、という事だろう。
「回復」
色を見ながら回復魔法をかける。しかし、渦巻く色は濃すぎて、何も変わったように感じられなかった。大きすぎる色の洪水に、圧倒されてしまう。
「……これだけじゃ、駄目だわ」
ただ魔法をかけるだけでは、今までよりも酷い状態をとても治せない。
回復魔法自体は効いてはいると思うけれど、全然足りない。
ルシウス様の息が荒くなり、意識がもうはっきりとしていない事が見て取れる。
「ルシウス様……! 大丈夫です! お願いです」