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68 感情の色が変えられない無能

 どんどん心臓の音が大きくなる。ルシウス様を失ってしまう。


「もっと、もっと近づかないと……!」


 私は自分のドレスを思いきり引っ張り、はだけさせる。

 ルシウス様の肩に体を寄せ、肌と肌を直接触れ合わせるようくっつける。びくり、とルシウス様の肩が揺れる。


 驚くほどにはしたない行動だ。だけど、許してほしい。

 そのまま魔法をかければ、先程よりも色に直接魔力が流れたような感覚があった。


「きっと、この方がいいんだわ……」


 私はドレスを脱ぎ捨てる。ルシウス様の上に乗り、出来るだけ肌を密着させた。ぺたり、と熱いぐらいの肌が直接感じられて、恥ずかしい。

 そのまま無駄に魔力を使ってしまわないように、赤紫の色に集中し、回復魔法をかけていく。


 私の魔法に反応し、少しずつ色が霧散していくのがわかる。


 やっぱり、この方法自体は間違いじゃない。

 色が変わるように祈りながら、回復魔法をかけていく。少しだけ、色が揺らいだ気がする。


「……変わったかもしれない! やっぱりあっているんだわ!」


 集中し、回復魔法をかけていると、急に黒い色が膨らむようにルシウス様を取り巻いた。


「……っ!」


 咄嗟に距離を取る。


「ぐ……ぐぁぁ……」


 ルシウス様の苦しそうな息が、獣のそれに代わっていく。


「大丈夫ですルシウス様。獣になっても問題ありませんから」


 安心させたくて、私は声をかけながら更に回復魔法をかけていく。


 私は傷ついても構わない。けれど、ルシウス様が私以上に傷ついてしまいそうだから、私は自分に傷がつかないように少し距離を取りつつ、魔獣に変態中の彼に魔法をかける。


 私の魔法はどうやら魔獣化をおさえることはできなかったようだ。

 肉が盛り上がり、毛が生え、やがて、ルシウス様は見慣れた獣の姿になった。


「……ルシウス様?」


 大丈夫かと名前を呼ぶと、獣化したルシウス様は微かに身を寄せてきた。慣れた毛の感触に、一瞬身構える。


 しかし、ルシウス様は暴れるそぶりは見えなかった。


 私の魔法もあるとはいえ、魔物寄せの効果は絶大だっただろう、凄い精神力だ。魔力を込めながらそっと撫でると、ルシウス様が少しだけ落ち着いたように思えた。


 私も、彼の助けになりたい。

 苦しまないでほしい。


 回復魔法を続けるうちに、私の指先がしびれ始めた。魔力が徐々に枯渇していく感覚。汗が額に浮かび、息が荒くなる。でも、止めるわけにはいかない。ルシウス様を、絶対に諦めない。

 朦朧としながらも、私はルシウス様の苦しみがなくなることを祈り続けた。

 ……どれぐらい時間がたっただろうか。


「どうしてなの……」


 赤と紫の色は、回復魔法によって共に薄くなった。

 しかし、その赤と紫の色はそのままルシウス様の周りに留まっている。あくまで薄くなっただけで、別の色に変えることは出来ていない。


 私の予想通りに黒は獣の色だったのか、こちらも残っている。全体の色が薄くなった為か、ルシウス様は安定しているように見える。


「これだけじゃ、足りないんだわ」


 私は、伏せの姿勢でじっとしている獣の姿のルシウス様を見ながら、途方に暮れた。回復魔法と遺志の力では意味がない。なにかしらの新しい魔法が必要なのだ。


 ……母もいない中で、どう学べばいいのだろう。


 ルシウス様の助けになりたいのに。

 力が、あるはずなのに。

 命を削ったっていいって、思っているのに、叶わない。


 無力な自分に、絶望が襲ってくる。

 無能な、クローディア。結局何の価値もない。


 ぐらり、と視線が揺れる。


 魔力切れだ。この感覚は何度も覚えがある。魔法が使えると思って何度も確かめた幼少期。

 ……ルシウス様が無事なら、一旦はもうこのまま休んでも……。


 そう思って、そのまま後ろに倒れ込んだ。


 *****


「クローディア……!」


 気がつけば、あたたかい何かに包まれていた。ルシウス様の瞳が開かれじっとこちらを見ている。

 半獣と化しているルシウス様が、私を抱きかかえてくれたようだ。じっと見つめる瞳が心配そうで、彼の心がちゃんとそこにあるということが分かった。


 ひとまずは、安心だということがわかり私は微笑んだ。


「ルシウス様……ごめんなさい」


「どうして君が謝るんだ」


「妹の事も、あなたの色を変えることができなかったことも……なにもかも」


「君のおかげで暴れずに済んだ。自分を呪わずに済んだ。それなのに、どうしてそんな事を言うんだ!」


「だって、私、わからないんです。色の変え方が」


 言うつもりもなかったのに、涙と共に言葉があふれてしまう。


 最悪だ。


 ルシウス様に慰めてほしくて、否定してほしくて、弱すぎる私はこんな時でもルシウス様にすがろうとしている。

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