どんどん心臓の音が大きくなる。ルシウス様を失ってしまう。
「もっと、もっと近づかないと……!」
私は自分のドレスを思いきり引っ張り、はだけさせる。
ルシウス様の肩に体を寄せ、肌と肌を直接触れ合わせるようくっつける。びくり、とルシウス様の肩が揺れる。
驚くほどにはしたない行動だ。だけど、許してほしい。
そのまま魔法をかければ、先程よりも色に直接魔力が流れたような感覚があった。
「きっと、この方がいいんだわ……」
私はドレスを脱ぎ捨てる。ルシウス様の上に乗り、出来るだけ肌を密着させた。ぺたり、と熱いぐらいの肌が直接感じられて、恥ずかしい。
そのまま無駄に魔力を使ってしまわないように、赤紫の色に集中し、回復魔法をかけていく。
私の魔法に反応し、少しずつ色が霧散していくのがわかる。
やっぱり、この方法自体は間違いじゃない。
色が変わるように祈りながら、回復魔法をかけていく。少しだけ、色が揺らいだ気がする。
「……変わったかもしれない! やっぱりあっているんだわ!」
集中し、回復魔法をかけていると、急に黒い色が膨らむようにルシウス様を取り巻いた。
「……っ!」
咄嗟に距離を取る。
「ぐ……ぐぁぁ……」
ルシウス様の苦しそうな息が、獣のそれに代わっていく。
「大丈夫ですルシウス様。獣になっても問題ありませんから」
安心させたくて、私は声をかけながら更に回復魔法をかけていく。
私は傷ついても構わない。けれど、ルシウス様が私以上に傷ついてしまいそうだから、私は自分に傷がつかないように少し距離を取りつつ、魔獣に変態中の彼に魔法をかける。
私の魔法はどうやら魔獣化をおさえることはできなかったようだ。
肉が盛り上がり、毛が生え、やがて、ルシウス様は見慣れた獣の姿になった。
「……ルシウス様?」
大丈夫かと名前を呼ぶと、獣化したルシウス様は微かに身を寄せてきた。慣れた毛の感触に、一瞬身構える。
しかし、ルシウス様は暴れるそぶりは見えなかった。
私の魔法もあるとはいえ、魔物寄せの効果は絶大だっただろう、凄い精神力だ。魔力を込めながらそっと撫でると、ルシウス様が少しだけ落ち着いたように思えた。
私も、彼の助けになりたい。
苦しまないでほしい。
回復魔法を続けるうちに、私の指先がしびれ始めた。魔力が徐々に枯渇していく感覚。汗が額に浮かび、息が荒くなる。でも、止めるわけにはいかない。ルシウス様を、絶対に諦めない。
朦朧としながらも、私はルシウス様の苦しみがなくなることを祈り続けた。
……どれぐらい時間がたっただろうか。
「どうしてなの……」
赤と紫の色は、回復魔法によって共に薄くなった。
しかし、その赤と紫の色はそのままルシウス様の周りに留まっている。あくまで薄くなっただけで、別の色に変えることは出来ていない。
私の予想通りに黒は獣の色だったのか、こちらも残っている。全体の色が薄くなった為か、ルシウス様は安定しているように見える。
「これだけじゃ、足りないんだわ」
私は、伏せの姿勢でじっとしている獣の姿のルシウス様を見ながら、途方に暮れた。回復魔法と遺志の力では意味がない。なにかしらの新しい魔法が必要なのだ。
……母もいない中で、どう学べばいいのだろう。
ルシウス様の助けになりたいのに。
力が、あるはずなのに。
命を削ったっていいって、思っているのに、叶わない。
無力な自分に、絶望が襲ってくる。
無能な、クローディア。結局何の価値もない。
ぐらり、と視線が揺れる。
魔力切れだ。この感覚は何度も覚えがある。魔法が使えると思って何度も確かめた幼少期。
……ルシウス様が無事なら、一旦はもうこのまま休んでも……。
そう思って、そのまま後ろに倒れ込んだ。
*****
「クローディア……!」
気がつけば、あたたかい何かに包まれていた。ルシウス様の瞳が開かれじっとこちらを見ている。
半獣と化しているルシウス様が、私を抱きかかえてくれたようだ。じっと見つめる瞳が心配そうで、彼の心がちゃんとそこにあるということが分かった。
ひとまずは、安心だということがわかり私は微笑んだ。
「ルシウス様……ごめんなさい」
「どうして君が謝るんだ」
「妹の事も、あなたの色を変えることができなかったことも……なにもかも」
「君のおかげで暴れずに済んだ。自分を呪わずに済んだ。それなのに、どうしてそんな事を言うんだ!」
「だって、私、わからないんです。色の変え方が」
言うつもりもなかったのに、涙と共に言葉があふれてしまう。
最悪だ。
ルシウス様に慰めてほしくて、否定してほしくて、弱すぎる私はこんな時でもルシウス様にすがろうとしている。