「とはいえ、執務はある程度はあると思うので、一緒に執務室に行きたいなと思うのですがどうでしょうか?」
「そんな事でよかったのか?」
どことなくルシウス様はほっとしたように見える。私の逃がさないとでもいうような誘い方が怖かったのかもしれない。
何をすると思われていたのだろう。何となく、色の練習を強いると思われていた気がする。これでは痴女に近い。
……気を付けよう。
「ルシウス様は普段忙しいので、本当はゆっくりしてもいいかなと思うのですが」
「この間は二人でゆっくりしたばかりだけどな」
自分を取り戻したらしいルシウス様に囁かれ、私はカッと赤くなってしまった。
確かにそうだ。
フラウが来る前、すっかり二人でぐだぐだと甘い時間を過ごしたばかりだった。
恥ずかしすぎて、記憶のかなたに飛んで行ってしまっていたに違いない。
「……忘れます」
それこそ、あの日の分も執務をした方がいい気がしてきた。仕事をさぼって甘く過ごして、更にこれから休みを取るなどと言うことが許されるのだろうか。
愕然としている私に、ルシウス様はにやりと笑った。
「くくっ。じゃあ、執務室でお茶でもいれてあげよう。君は横で読んでも読んでなさい。さぁ、お姫様」
あわあわした私に吹き出したルシウス様は、楽しそうなまま執務室にエスコートしてくれた。
ルシウス様の執務室には、暖炉の火がぱちぱちと木を弾く音だけが響いている。
私はルシウス様が初めて執務室に招いてくれたあの日と同じように、本を読もうと思っていた。
ルシウス様の本棚は、自分が絶対に選ばないようなものもあるので楽しみだ。
「クローディアがきて、ちょうどよかった」
「何がですか?」
私が執務室で役に立てることはあったかと首をかしげていると、ルシウス様は少し恥ずかしそうに視線をそらした。
「……プレゼントだ」
「私にですか?」
「ああ、また来るかと思って」
ルシウス様は私と視線を合わせないままに、暖炉の近くを指した。
そこにはルシウス様のひとり掛けの椅子がある。
……そして、その隣にはルシウス様のものと同じ、そして座面の色が違う椅子が置いてあった。
もともとあった青地の椅子の隣に、可愛いピンクの椅子。
お揃いの。
もしかして、という気持ちになりどきどきと心臓が高鳴った。プレゼントだと、ルシウス様は言った。
私の、椅子?
「……この椅子は」
「クローディアにはこういう色がいいんじゃないかと。……あまり好みの色じゃなかったかな。張り替えることも、当然できる」
「いいえ、いいえ! あまりにも嬉しくて!」
私は本当に凄くすごく嬉しくてルシウス様に飛びついた。
重い歴史を感じるこの執務室の中で、ルシウス様の気持ちだと思ったこのひとり掛けの椅子。その隣に、私を思って考えてくれた色をまとった椅子がある。
こんな素敵なことがあるだろうか。
「気に入ったなら、良かった。座ってみてくれ」
「ええ、是非」
ルシウス様に手を取られ、短い距離をまるでお姫様のようにエスコートされる。ピンクの座面に座ると、あの日と同じように包まれたような温かさを感じた。
……実際暖炉の近くなので、とても温かいのは間違いないが。
ルシウス様が、私の隣に座る。椅子と椅子の距離はあるものの、お揃いの椅子に座って、お互いに見つめあった。
「執務室なのに、あまり緊張感がないな」
「いいんですよ。今日はお休みなのですから」
「確かに。安心だ。……君は本を読んでくれ。俺も少しだけ片づけたら隣で読もう」
「嬉しいです」
微笑んでルシウス様は執務机に戻っていく。私は一人、ルシウス様の本棚を端から見ていき本を選んだ。
しばらくすると、ルシウス様はいたずらっぽい顔で私の隣に座った。
「早い休憩でしたね」
「休みだからな」
「そうでした!」
二人で笑いあい、私とルシウス様は読書の世界に没頭した。