夜の帳が降りる頃、二人は城の庭園へと足を運んだ。
この間ルシウス様が買ってくれたドレスを着た。とてもきれいなドレスだし、フラウはこのドレスの事が気になっていたようだった。
少しでも、フラウの気を削ぎたかった。
「緊張しているか?」
ルシウス様が隣で、こそりと囁く。
「ええ、少し。……でも驚くほど素敵なお庭ですね」
私は、庭園を見まわした。
青い花で統一された花壇は、圧巻としか言いようがない。
月が出るような時間だが、それ以上に魔法で花壇がきらめくように飾りつけされていて、とても幻想的だった。
妖精でも飛んでいそうな風景に、緊張する気持ちが少しほどけるような気がする。
それに、いい香りがする。
「お花の香りって落ち着きますよね……」
「はは、急に楽しそうになったな」
うっとりしていると、ルシウス様がおかしそうに笑う。
ううう、今までの人生はお花になんてほとんど縁がなかったから、どうしても感動してしまう事が多い。
ビアライド家も当然美しい花が咲いていて、歩くのが楽しみなのだ。それと比較しても、流石は王城と言えるものだし、こんな風に魔法で輝かせたりできるのはここしかないだろう。
「あれだ」
ルシウス様の視線の先には、豪華な東屋があった。庭園を見渡せるように少し高い位置にある白い屋根。
優雅な白いテーブルが設えられ、そのうえで燭台の明かりがゆらゆらと揺れている。
まるで夢の中の風景のような美しさだったが、それ以上に、そこに座る男の笑みが不気味だった。
「ようこそ、ビアライド公爵。そしてクローディア嬢も」
カリアン殿下は優雅な所作で手を広げ、歓迎の意を示した。隣にはフラウが座っている。彼女は冷ややかな視線を私たちに向けていた。
フラウもお金を貸してほしいなどといったとは思えないぐらいに豪奢なドレスを着ている。
「ご招待に感謝いたします、殿下」
「急に申し訳なかったな。けれど、あのビアライド公爵が休暇中と聞いては、居ても立ってもいられなかったんだ」
「妻と過ごす時間を取りたかったので」
しらじらしい笑顔で、二人は微笑みあった。
「クローディアも来てくれてありがとう。君の妹も楽しみにしていた」
目の前にいるフラウはまったく楽しそうにしていないけれど、カリアン殿下にそう言われては私も微笑むしかない。
「ええ、とても素敵な機会をありがとうございます」
「いやいや、二人ともに私が会いたかったからね! 座ってくれすぐに用意するから」
私たちが二人の前に座ると、カリアン殿下は楽しげに手を挙げた。すぐに侍女が現れて、上質な香り高い紅茶と、焼き菓子をいくつも静かに並べていく。
「今日は何か特別な用件でしょうか、殿下」
「ええ? さっきも言っただろう? 君たちと会いたかったって」
ルシウス様の疑問に、カリアン殿下はは少し大げさに首を振った。
「こうして四人で語らう機会が持てるとは、実に喜ばしい。フラウもそう思うだろう?」
「……ええ」
フラウは笑みも浮かべず、淡々と答える。カリアン殿下はそんな彼女の様子を愉快そうに見つめた。
なんだかフラウも、カリアン殿下と一緒に居て嬉しそうには見えない。
夜の静寂の中、私たちの間には、緊迫した空気が漂っている。
カリアン殿下だけが、まるで別世界にいるかのように浮かれた様子で話し続けていた。
「さて、ルシウス。この場を設けたのには理由がある。君とは互いに誤解を解きたいと思ってね」
「誤解?」
ルシウス様が静かに問い返すと、カリアン殿下はまるで劇を楽しむ観客のような笑みを浮かべた。
「そうだ。君が何を守ろうとしているのか、私も知りたくてね」
その視線が、私へと向けられる。
……魔物寄せの話ではないの?