疑問が産まれる。
魔物寄せの成功の可否を探っているのかと思っていたが違うのだろうか。フラウが機嫌が悪いのは、カリアンに失敗だと思われたせいだと思っていたけれど……。
私はなんだか、じわりと嫌な汗が出るのを感じた。
「何のことでしょう」
ルシウス様がじっとカリアン殿下を見ると、彼は悪びれた様子もなくただ肩をすくめる。
「それはおいおいわかるとして、今はまず、お茶を楽しもうか。このお茶は私が好きなもので、特別なんだ」
「いただきます」
魔物寄せなどは入っていないだろう。魔物寄せはもっと独特な香りがする。紅茶に入れたらごまかせないだろう。
それでも手が出ない私たちに、カリアン殿下はくくくっと笑うと、同じポットから入れたお茶をゆっくりと飲み込んだ。
「安心してくれ、何も入っていない。まあ、私は魔物じゃないが」
笑えもしない冗談を言われ、私たちはそれを受け流した。
今はこんなことに反応しても仕方がない。
私はルシウス様に何もないことを祈りながら、ゆっくりと紅茶を飲んだ。
……ただただ、美味しい。
ちらりとルシウス様を見上げれば、彼も優雅な仕草で飲んでいた。問題はなさそうだ。
流石にカリアン殿下もたくさんの侍女や警備という人目のあるこの場所で、何かしかけてはこないようだ。
……そもそも魔獣化したら、この距離では自分も危ないに違いない。
何となく少しほっとして、紅茶をもう一口飲んだ。
「この焼き菓子は、伝統的なものなんだ。是非食べてくれ」
「ありがとうございます。いただきます」
カリアンの進めてくれた焼き菓子は、マドレーヌのようだった。貝の形に少し特徴があり、ぐにゃりと曲がっている。
それが何を意味するかは分からないが、バターのいい香りのする美味しいものだ。
「とてもおいしいです」
「これはね、教会でよく振舞われるお菓子なんだそうだ。聖女も好きだった」
聖女、という言葉に思わず反応しそうになる。私はただ、笑みの形を保つことに集中する。
「そうなんですね」
「ああ! 聖女と言えば、君の母上の事なんだよクローディア嬢」
この会話が何を探られているかわからないまま、私は頷いた。
「そうだったのですね。聖女と呼ばれていたなどとは知らなかったです」
私がそういうと、カリアン殿下は大げさなほどに驚いた顔をした。
「それは驚いた! クローディア嬢の母上はとても素晴らしい力を持っていて、教会は聖女と呼ばれ敬われていたんだ」
「カリアン殿下、彼女の母上は亡くなっているので、あまり触れないでください」
ルシウス様が私をかばうようにカリアン殿下の言葉を遮った。謎の緊張感で息苦しかったので、有り難い。
「そうだったね……残念だ。あの力を見たかったよ」
「ええ、ありがとうございます。けれど幼いころから身体の弱かった母の思い出は少なく、私は魔法があまり使えないので……」
大人しく引き下がってくれたカリアン殿下にほっとしていると、それまで黙っていたフラウがくすりと笑う。
「カリアン殿下、私も言った通り姉は無能なんです。姉の母も何も引き継がなかったと言っていたと、皆も言っていましたよ」
「ああ、そう言っていたな。でも、今は黙っていてくれ」
「カリアン殿下……!」
フラウが言った言葉を、カリアン殿下はいかにも面倒そうに流した。フラウもカッとしたようにカリアン殿下の名前を呼ぶ。
しかし、カリアン殿下はそんなフラウの事を冷たく一瞥しただけで、また私たちに向き直った。
フラウがあからさまにイライラしていることがわかる。
恐い。
色を見たくない。
私は彼女たちの嫌な色を見ないように、視線を紅茶に移した。色を見なければいけない場面もあるが、彼らに見えるのは嫌な色だけ。情報量は少なく不快感が強い。
その為、何かあった場合のみ色を見るということでルシウス様の了承を得ていた。
ルシウス様も、心を削ってまで知りたいことなどないと、優しく肩を撫でてくれた。
「いったいどういう意味でしょうか」
「ビアライド公爵の事も興味があったけれど、私は今聖女に興味があるんだ。……あの力が失われてしまったとは、悲しいよ」
「私の妻を責める気であれば、そろそろ失礼いたします」
「ああ! 誤解しないでくれ!」
カリアン殿下は怒りをにじませるルシウス様に、にこりと笑って見せた。
「失われてしまったかどうかも、わからないしね! 君たちも、文献を調べていたからわかるだろうがとても素晴らしい力だ!」
文献を調べていた……王城でのことだ、当然、私たちの行動は彼に筒抜けということだ。
しかし私は、笑顔の下で舐めるように見るカリアン殿下の瞳に、ただ震えてしまった。