「何がおっしゃりたいのでしょうか」
イライラとした感情を隠さずにルシウス様が言うと、カリアン殿下はぞっとするほどに無邪気な顔で笑った。芝居がかった大きな動作で、両手を広げる。
そのまま、立ち上がって座っているルシウス様を見下した。
「率直に言って、クローディアは君にはもったいないよ」
「なにを、馬鹿なことを」
吐き捨てるように笑い取り合わないルシウス様に、カリアン殿下は興味を失ったようにこちらを見た。
目が合い、ぞくりとする。
笑っているのに、何の好意も感じない。
ただただ、私の事を物のように見ている。私から目を離したら不敬だとわかっているのに、もう見たくない。恐い。
手が震える。
私の怯えなどまるで興味がないだろうカリアン殿下は、そのまま流れるようにつづけた。
「クローディアを王城で雇いたいと思う。こんな魔物付きの近くにいる必要はない。君が望むなら婚約者として迎えてもいいと思っているんだ」
「カリアン様!?」
叫んだのはフラウだった。顔が真っ青だ。
フラウの事を、カリアン殿下はたった今気が付いたように見て、不思議そうに首を傾げた。
「なんだい?」
「婚約者は私です! なんで、お姉様なんかと!」
「なんでって、クローディアは聖女の娘なんだよ? もしかしたら凄い力があるかもしれないだろう?」
「お姉様に力などありません! 魔力だって、全然ないんですから!」
フラウは立ち上がり、私の無能さを訴えた。しかし、カリアン殿下は眉を下げただけだった。
「……君は、馬鹿なんだな。残念だ」
「な……なにを……」
「君との婚約なんて、何の意味もない。そんな事もわからないなんてなあ」
困ったように首をかしげて、私たちにまるで出来の悪い子どもを持ってしまったかのように同意を求めてきた。
……全く理解のできない未知のものが目の前に居て、こわい。帰りたい。
「何を言っているんですか! 私を愛していると言っていたじゃないですか!」
「そうだ。君の血筋と愚鈍で単純で従順な所を愛している。それは何も変わらないよ。心配する必要はない」
「そんなことっ! 私の事、利用してたっていうの!?」
「煩いな」
バシッ、と乾いた音が響き、フラウが派手な音を立てて倒れ込んだ。
「え……?」
私もルシウス様も、突然の事に固まってしまった。
フラウも倒れ込んだまま、呆然としている。
ただ、赤くなった頬は痛々しく、カリアン殿下がつよく彼女を打ったのは間違いない。
目の前で見ても信じられない。
ただ煩いからと、なんの抵抗もなく暴力をふるった。
……殴られた記憶が蘇ってくる。
そう、彼らは自分たち以外の人間を叩くことに何の抵抗もない。自分の指示に従わない、それどころか気に入らないだけで、こういう風にふるまうのだ。
そこには、人間に対するような感情はない。
フラウは、自分がこういう風に扱われたことがないだろう。まるで、ただの価値のないもののように扱われたことは。
「フラウ……」
「なによ! 話しかけないで! 無能のくせに!」
倒れ込むフラウに手を伸ばそうとすると、私の事を憎しみに満ちた顔で見た。
それだけで私は身体がとっさにすくんでしまう。
ルシウス様の温かな手が、固まってしまった私の手を握りそっと降ろしてくれる。
「あの女は、こういう事があったからといって君の気持ちをわかるような人間ではないんだ」
ルシウス様が冷たい瞳でフラウを見つめた。
倒れ込む彼女はまだ自分の状況がわからずに、倒れ込んだままだ。
カリアン殿下が何を思っているかわからない。
フラウは婚約者としてカリアン殿下と同じ目的で動いているんだと思っていた。けれど、あっさりとカリアン殿下はフラウを叩き、婚約者としての立場も奪おうとしている。
感情の見えないガラス玉のような瞳が恐ろしい。これ以上一緒の場所に居たくない。
ふいに息苦しさを感じ、私は胸をおさえる。
「大丈夫だ、クローディア」
私の腰に手を回し、ルシウス様がぎゅっと抱き寄せてくれる。
ありがとうございます、と言おうとした途端、ぐらり、と意識が揺れた。
「うーん、遅いなあ」
のんびりとしたようなカリアン殿下の声が、遠くの方で響く。
……?
「…………」
声が、出ない。
手が急速に冷たくなっていく。
「クローディア、これ以上ここにいる必要はない。もう行こう。……こんなところに連れてきて悪かった」
「ああ、ルシウスは失礼だなあ。でも、隣の彼女についてはもっと気を付けてあげないとね」