「……」
「クローディア……? どうした! クローディア!」
ルシウス様の必死に私の名前を呼ぶ声が聞こえる。なのに返事ができない。
視界がぐにゃりと歪む。ルシウス様の声が遠のいていく。けれど、しっかりと私を抱きしめてくれる腕の温もりだけは、かすかに残っていた。
……ああ、倒れてはいけない。ここで、気を失ってはいけない。
そう思うのに、身体は言うことを聞かない。
「しっかりしろ、クローディア! ……おい、何をしたんだ!?」
「わーこわいこわい。もちろん何もしていないよ。だって君も私も同じ飲み物を飲んでいるだろう? 君の監視があって、私に何かできるはずもない」
「お前はクローディアに何かが起こることを知っていただろう!」
「どうだろう? 君はずっと私とクローディアを見ていたね。凄い執着だ。君が何かに執着しているのを見るのは、とても愉快だ。……それが、壊れるならもっと面白いだろうね」
「なんだと!? 早く言え! 何をしたんだ!」
「不敬だよ。すぐに兵を呼んでもいいんだから、言動には気を付けた方がいい」
ルシウス様の怒声が耳元で響く。ああ、怒ってくれてる。私のために。でも、その人は危険だ。
自分のこと以外考えていない人間だ。ルシウス様にも何をするかわからない。……ルシウス様が、獣化してしまったら。
『こんなところで』……?
その思いつきにはっとする。
そうだ、もしかしたらそれが狙いかもしれない。私は混濁していく意識で、ルシウス様の事を見る。私の懸念通りに、ルシウス様の周りを黒い色が取り巻き始めていた。
……駄目だよ。
私はその思いを込めながら、ルシウス様に魔力を流す。
「……クローディアっ」
ルシウス様が、気が付いてくれた。
私は、嬉しくなってルシウス様に微笑みかける。それが届いているかは、わからないけれど。
視界はぼんやりとして、意識も気を抜くと遠くに居なくなってしまいそうだ。
彼らの声すら、遠く、かすんでいる。
けれど、私の身体からはルシウス様の体温がはっきりと伝わってくる。
それだけで、私は大丈夫だ。
「……なんだ、残念。獣にならずに済んだみたいだね」
「……」
「まったく、そんな怖い顔で睨まないでよね。でもやっぱり、この間の失敗は、彼女が関わっているのは間違いないようだな。流石聖女だ。聖女の力は、うわさでしか聞いたことがなかったし、何かしらの魔法の一種だと思っていたけれど、目の前で見ると違う気がするね」
歌うように、ご機嫌な口調でカリアン殿下が続ける。
「聖女の魔力は特別で、さっきのマドレーヌは聖女の魔力を増幅させる薬草が入っているんだって。それを紅茶にたくさん入れておいた」
「聖女の魔力を増幅する、薬草……」
ルシウス様が呟く……。その声は、じわりと焦りを含んでいた。
「あのマドレーヌを食べて、何人もの貴族に聖女は奉仕していたんだ。教会の為にね! 貴族たちは馬鹿みたいに聖女の魅力にはまって、感情を操られて。でも、それ程聖女を抱くのは良かったのかな? そうしたら本望だったのかもしれないよね! 面白いよね。この記述を読んだとき人の欲望って、無限なんだなって思ったよ。教会なんて名ばかりだ。おっかしいよねえ、笑えるよね」
お母様の境遇に、涙が出てくる。それなのに、この男はおかしそうに笑っている。
最悪だ。
あの家よりも最悪な場所があったんだ。
お母様……。