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第十七話 エルフの行方


最初に彼女の不在に気づいたのはギュムベルトだった。


寡黙で徘徊癖のあるリーンエレは普段からどこにいるか分からない、ただ必要な時にはかならずそこにいる。


娼館時代から不思議な存在だったが『闇の三姉妹』公演でその身の上は周知され、いまや劇団になくてはならない存在だ。


エマはギュムベルトの腕を抱えて寄りかかる。


「リーンエレどこいったんだろうね?」


ギュムベルトは当たり前のように彼女を支えて往来を進んだ。


少年はかりそめの母親にすっかり心を許している。


ひたすらに好意を向けてくる相手を嫌い続けることは難しかった。


「姉さんのことだから心配はいらないと思うんだけど……」


エルフであるリーンの危機察知能力は人間よりはるかに優れている。


精霊魔法を自在にあやつる彼女が事件や事故にまきこまれる姿は想像しにくい。


「だけど?」


「挨拶もなくいなくなることはあるのかもなって……」


自分の問題をいちいち誰かに断ったり相談する姿も想像できない。


他に心当たりもないので、とりあえず『パレス・セイレーネス』で共通の知人に話を聞いてみることにした。


当たり前のように裏口に回り、最初に顔を合わせたのは娼婦のシーリカだ。


『闇の三姉妹』公演時にリーン役を演じていた一人で、熱意をもって演劇に取り組んでいた。


稽古態度に問題のあったユンナを敵視していたこともある。


盗賊ギルドに属しており『パレス・セイレーネス』の状況を報告する役割を任されているが、そのことはギュムはもちろんマダムすら感知していない。


「少年ひさしぶり、元気してた?」


相手役を務めたこともあり気安く挨拶を交わす。


「ママいる?」


「調子が良くないって横になってるね」


老齢の支配人は無理が利かなくなってきているようだが、彼女の口振りから大事ではなさそうだ。


「──そっちは?」


シーリカは不自然にギュムに密着している女をさしてたずねた。


「母さんだよ、劇団をたずねて来たんだ」


「母さん、若っ!?」


ギュムの誕生と同時に失踪したことから、まだ働いていなかったシーリカと本物のエマに面識はない。


触れずらい話題を詮索したこともなかった。


──にしても、ママから聞いた印象とはずいぶんちがうな。


「あんたさ、本当に彼の母親?」


突然の確信をついた質問にエマは狼狽える。


「えっ、そう、そうだよね?!」


「なんでおれに聞くんだよ……」


ギュム視点ではエマの姿は母親として想像していたものであり疑っていない。


ただ、シーリカから見てこのエマは女性としてあまりにも幼い。


──元娼婦の子捨て女でこの無垢さは不気味でしょ。


盗賊ギルドの構成員でもある彼女は猜疑心が強く、悪党を見分けることに長けている。


こんな悪意のない大人の女は存在しない。


「失礼ですけど、歳はいくつですか?」


善人には見える、だからこそ嘘の匂いが隠せていない。


「歳……?」


──ぜんっぜん知らない。


ギュムベルトが母親に会いたがっていたからこの姿で実体化した。


そう思い込んだ黒犬はそれを否定しないままここまで来ただけ、実母の情報など当然のように皆無だ。


偽エマは正体バレの危機に直面していることに気がつく。


──これって、ヤバいかも……?


せっかく打ち解けたのに、嘘がバレたら嫌われてしまう。


この場を凌げたとしても、ここにいたら本人を知る人物と鉢合わせる可能性がある。


「どうしたんですか、黙り込んで?」


すこし押せばめくれると判断したシーリカは詰め寄った。


エマはたまらず逃亡する。


「ええと、一旦この話は忘れて、ねっ、出直してくるから!」


「母さん?」


ギュムが不自然な態度を指摘しようとすると、エマは瞬時に黒い煙となって霧散する。


「えっ!?」「なに!?」


眼前で人間が消滅したことに二人は驚いたが、黒犬が変装を解いたときその存在は人間たちの記憶から抹消される。


「……えっと、なんの話しだっけ?」


些細な違和感をひきずりながらシーリカは少年に問いかけた。


ギュムは本題を思い出す。


「そうだ、エルフ姉さんを見てないかって聞きに来たんだ」


「見てない、べつに親しくもないし」


彼女に限らず誰も親しくはない、かろうじてギュムら子供たちが会話の相手になっていたくらいだ。


「そうか……」とギュムは納得する。


他の娼婦たちもおなじだろう、ここでも有益な情報は得られそうにない。


「もう少し帰ってくる頻度ふやしなよ、ユンナはけっこう顔出してるよ?あんた用事でもなきゃ年単位で帰ってこなさそうじゃない」


「近所に住んでるあいつみたいにはいかないよ」


ユンナの出入りが頻繁である目的は誰の目からも明確だ。


自分から『鉄の国』まで会いに行くのは恥ずかしい、だからここで偶然鉢合わせたかのように振る舞いたいのだ。


ところがギュムは一向に帰ってこない。


不憫に感じて遠回しにフォローしてもみたがまったく響いた気配はない。


シーリカは頭をかきながら独りごちる。


「私が世話を焼いてやる義理もないか」


すっかり売れっ子で充実した毎日をおくる若者たちの面倒を、なぜ自分が見なくてはならないのかと思い直した。


「そうか……」と頷く、どうやらリーンがここを訪れた気配はない。


「──じゃあさ、もし見かけたらおれが探してるって伝えておいてよ」


そう言い残してギュムは娼館を後にした。



数刻後──。


ギュムはひとりで心当たりを巡ったが、百年も暮らしていたエルフの情報が異常なくらいに得られない。


それだけ他者との交流がなかったということの証明だった。


──やっばり姉さんは劇団にいるべきだよな。


とくべつ馴れ合ったりはしていないが、あの人にしては打ち解けていたように思う。


当て所なく徘徊していると偶然、別行動のノロブと合流した。


「出歩いて平気なのか?」


人狼は避難目的で『鉄の国』に閉じこもっていたはずだ。


「ほとぼりが冷めていないか確認に来たんだが、どうやら許されたみたいだな」


組織をぬけて一年、『鉄の国』で演劇をしていることは知られているが襲撃はなかった。


金にならないことにいつまでも構っていられないと判断されたのだろう。


彼が来たことで起きたトラブルといえば、劇団を酷評されて激昂したノロブが観客を殴ったことくらいだ。


その客が楽しめなかったのは事実であり、正直な感想を言うことにはまったく罪が無い。


しかしそんな無実の客がぶっとばされたとき、ギュムは不覚にもスカッとしていた。


そのあと団員総出で土下座する羽目になり、ノロブは追放されかけたのだが。


一応確認する。


「このへんで姉さんを見てないか?」


「あの人のことはよくわからないな」


想定通りの回答にギュムは「そうだよなぁ……」とうなだれた。


「エルフといえば、ルブレ商会の件はどうなった?」


失踪したエルフというワードから連想したのだろう、ノロブはすこし前の話題をいまさら口にした。


「解決してないみたいだな」


行方不明の仲間たちを探しているというテオの話を聞いて、ギュムは自発的に情報収集をしていた。


しかし、手がかりを得られず公演前には手を引くことになった。


──姉さんはどうだろうか?


森を焼かれて人間に拉致されたとき、リーンエレは自分の子供を人間に奪われている。


その生死はわからない。


アーロック元第三王子が世界中から集めた半エルフたちに思うところがあるのではないだろうか。


「──姉さんはそのエルフたちを探しに行ったってことはないのかな?」


「半年前だぞ、無事ならとっくに戻ってるだろ」


生きているとしたら戻る気はないってことだ。



「ラドベルト、ラドベルトじゃないか!」


立ち話をしていると唐突に声をかけられた。


「ギュムベルトだよ、久しぶり」


彼らは『偉大な陰茎』勇者マルブスの仲間たち

、二年前に『闇の三姉妹』公演を手伝ってくれたダラク戦士たちだ。


「──国軍とあれだけやりあっておいて、よく出入りできてるね」


「この町の兵隊どもは腰抜けだ、オレたちが通れば道を開ける」


近海で大暴れし正規軍を呼び込んで以来、海賊たちはすっかり上陸しなくなっていたが、国軍が引き払ったことで以前どおりに戻ったらしい。


ギュムはダメもとで聞いてみる。


「そうだ、エルフを探してるんだけど見てないか?」


これが「見た見た」と意外な反応。


「えっ、どこで?」


「島でだよ。何人もエルフの姿を目撃してる、不思議なことに接触できたやつはいないんだけどな」


「そうじゃないんだよなぁ……」


どうやら海賊島にもエルフはいるようだが、そんな話を持ち出したあたりリーンを見かけたりはしていないようだ。


「──だったらさ、ルブレ商会の船を襲った時に捕まえたりもしなかった?」


続けて半エルフたちのことをたずねた。


望んでいても戻れないのだとしたら、海賊島に囚われているという可能性がある。


ダラク戦士が仲間を振り返る。


「知ってるか?」


「いや、ユナバハリたちがエルフを捕まえたって話は聞かないな」


商船を襲ったのはどうやらそのユナバハリの一団らしいという情報を得た。


そこからギュムはいくつかの話を聞けた。


商船の襲撃はユナバハリという男の独断であったということ、その若者との決闘でマルブスが亡くなったこと。


「そうか、残念だったね……」


「決闘で負けたならそれは潔く認めて評価するのがオレたちの流儀だ」


「そうでなきゃマルブス派のオレたちが奴の使いでここまで来ていない」


そうは言っても二人からは屈辱に耐えている様子が感じとれる。


片方はマルブスとの決闘に立ち会った男の身内であり、ユナバハリの快進撃をどこか訝しむ気持ちがあるからだ。


「仕事は済んだのか?」


「ああ、報酬を回収して戻るだけだ」


ノロブがそう問いかけたのは、いい加減解散させる為だった。


しかし少年の好奇心はそこを掘り下げずにはいられない。


「どんな仕事?」


何気なくたずねて聞き出せたのは、『耳削ぎ』と呼ばれる毒薬の取引についてだ──。



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