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第二十四話 出航


今日は海上の下見をする予定日──。


港町の桟橋にルブレ商会の船が繋留され、劇団いぬのさんぽの団員たちが出航準備を待っている。


快晴で波は穏やか、絶好の船出日和のなか団員たちは船員たちに「よろしくお願いします」と声をかけながら乗船した。


一行を魔法船の主ルブレが出迎える。


「グンガ王におけましてはご足労いただき光栄のいたりです」


団員の他にグンガ王を含めた三人のドワーフが同行する。


「そいつは嫌味か?」


人間がドワーフ相手に下手に出ることなど滅多にないことからグンガ王は身構えた。


「まさか、私は種族よりも能力を尊ぶものですから」


半エルフを重用したり敵国の旅芸人に肩入れしていることがその証明でもある。


「あとになって確認しておけば良かったと後悔しねえように、現場を見ておきたいからな」


グンガ王は動向の意図を伝えた。


海上に舞台を設置する、そんな面白いことを他人まかせにはできなかった。


イーリスが船上につながれた飛竜を指さしてはしゃぐ。


「あ、みてみて! ボク、あの子に乗ったことあるんだ!」


ギュムベルトが指摘する。


「高所恐怖症なのに?」


「飛んでるときはだいたい目を閉じてた、賢い子だから任せておけば目的地まであっという間に運んでくれる」


それを乗ったと自慢するのはいかがなものかと少年は思う。


「おれも機会があれば乗ってみたいな」


遮蔽物のない空を直線で移動できるのだから馬車なんかとは比べ物にならない速度が出るだろう。


出発の合図が鳴り響く、全員の乗船を確認すると船は出航を開始した。



船はまるで木製の城のようで団員たちはその荘厳さに圧倒されながら散策した。


「これだけの広さがあれば芝居をするのに十分ですね」


舞台と想定される甲板をひとしきり歩いたところでギュムが言った。


見晴らしの良さにおのずと気分が高揚する。


「船の上ってだけでも興奮するけど、板の上だと稽古場でやってることと大差なくない?」


過去にやってきた公演の再現はだいたいできるが、それだと海特有の演出がない。


「揺れがあるだけでだいぶ違うと思いますけどね」


ギュムの言うとおり、船乗りの芝居でもすれば芝居小屋とは段違いの臨場感を得られるだろう。


「できれば水面を活かしたいね、役者が水中から登場したり退場したりしたら面白くない?!」


「衣装がびしょ濡れになりますよね?」


体力的にも視覚的にも制限が出てくることをギュムは指摘した。


オーヴィルも安全性について疑問視する。


「波の状態によっては危険だしな」


どちらももっともな意見だ。


イーリスは身振り手振りをまじえて構想を伝える。


「ここぞって時だけだよ、ここから海賊役のエキストラが海に飛び降りて海上に設置した舞台に乗り上げて主人公を襲う、主人公は海賊たちを海に叩き落としていく!」


──自分は飛び込めないクセに!


と、高所恐怖症の作家に思うところがなくはない。


彼女はとにかく思いつく限りを列挙する気だ。


「──甲板に舞台も客席もってなると人数がかなり制限されるでしょ、いっそ海上に舞台を作って船から観劇できるようにしたらどうかな!」


グンガ王が唸る。


「おいおい……」


沈まずに安定し、シーンの表現を助け、役者が出入りできる海上に浮かべた舞台、実現可能かすら怪しい箱だ。


そもそも運搬をどうするつもりなのか。


「やっぱりむずかしいよね?」


ドワーフの王は獅子のように吠える。


「そういう無茶な要求をどんどんよこせって言ってんだッ!」


挑戦が無ければ時間をかけるに値しない、技術革新こそが醍醐味だ。


職人の頼もしさにイーリスは身震いする。


そうは言っても、イーリスの提案したそれがどんな景色なのかを皆は想像もつかない。


「水面に浮かべた板の上でどの程度のアクションができるんだ?」


「まず舞台が遠すぎません?」


口々に疑問をならべ立てた。


「もう! 意見は大枠を決めてから募るよ、それまで役者たちは解散!」


なにが可能でなにが不可能かの判断はアイデアを出し尽くしてからだ。


リーンが助け舟を出す。


「精霊魔法である程度はなんとかなるわ」


落下時の衝撃を和らげたり、水中で呼吸や視界を確保することくらいは容易い。


「ところで泳げない人いる?」


そんな風に盛り上がっているとノロブがそっと挙手した。


「えっ、意外!?」


抜群の運動神経を誇る人狼がまさかのカナヅチ。


「そうではなく、具合が良くないので船室で休息をとらせてもらいます」


たしかに上船からずっと存在感を失っていたが、いよいよ顔色が良くない。


「──皆さんは話し合いを続けてください、後悔しないよう念入りにね……」


ノロブはそう言い残して背を向ける。


「風に当たってたほうがいいんじゃないか?」


船酔いならばその方が気が紛れる。


聞こえていないのか、あるいは先日の会議での乱闘をいまだに根に持っているのか、ギュムの声を無視してノロブは船内へと消えていった。


「なんだアイツ……!」


ギュムは悪態をついた。


「あんまり情けない姿を見られたくないんじゃないか?」


「カッコつけだからな」


少年へのフォローもかねたオーヴィルの意見にイーリスも賛同した。


そこからはインスピレーションの妨げにならぬようにと、あとをドワーフたちに任せて団員たちは散らばることにした。



一方、ニィハは遠巻きに見物していたルブレを発見すると挨拶に向かう。


「本日はご多忙のなか時間を作っていただきありがとうございます」


下見にはルブレ会長とグンガ王にも参加してもらった方がいい、強く念を押したのはノロブだった。


その場で逐一確認することで、持ち帰った案を却下されることなく工数を抑えられるという判断からだ。


「いえいえ、なにを仰られます。それにしてもドワーフたちの向上心は素晴らしいですな、彼らはいつもこちらの想定を超えた仕事をしてくれる」


能力を重視し亜人種を差別しないルブレはドワーフたちを高く評価している。


「完成度に重きを置いてこそでしょうね」


仕事用の顔だろうか、態度の変化に違和感をおぼえながらニィハは話を合わせた。


「くらべて人間はいかに人より得をするか、自分が損をしないかにしか興味がない」


優れた製品の存在は市場のコントロールがしにくくなると、ドワーフを弾圧していたサランドロがわかりやすい例だ。


おかげで港町にドワーフの製品は普及しなかった。


していれば様々な場面での利便性、及び美的感覚が向上していたに違いない。


「──とは言ったものの、結局のところ完成度の優劣にいったいどれほどの意味があるのでしょう?」


「意外なお言葉です。会長は良い品、良い人材をそばに置くことにこだわりがおありなのに」


ニィハの言葉を受けてルブレは腰に下げたレイピアを撫でる。


「ここにドワーフ制の素晴らしい切れ味の剣がある」


斬るではなく刺突に特化した剣だが、ここでは完成度の見本とした。


「──芸術品とさえ呼べるが活躍の場は非常に限られている。そして、これで首を刎ねようと武骨な金槌で頭部を殴打しようと、人一人に与える結果は変わらない」


費用対効果でいえば石ころが勝るとも言える。


「剣の方が確度が高いです」


「しかし、扱うための技術を体得することは並大抵じゃない。ものごとは追求するほど難解になり波及力が失われていく」


洗練されるほど人を選別する。


「追求しなければ進歩はありませんわ」


「人間は怠惰な生き物だよ。しかし、キミたちの理屈ではそれを未来への投資というのでしたな」


先日も話したことだ。


ここまではルブレにとって導入でしかない、雑談は本題への反応を遅らせるための罠──。


「しかし、世の中を変えるのが目的なら……」


意味深な視線を感じながらニィハは「はい?」と返事をした。


「あなたは女王を放棄すべきではなかったな、ティアン・バルドベルド・アシュハ四世元女皇陛下」


息を飲んだ、ルブレの仕掛けは彼女がもっとも油断したタイミングを的確に突いた。


問答に思考を割いていたため、とっさの言い訳を思いつかない。


沈黙──。


それは肯定と同義だ。


「……とつぜん、どうされたのですか?」


直後ならば否定する意味もあったが、今更しらばっくれても遅い。


ルブレはティアン元女皇の顔を知らない。東アシュハの人々同様、わずか一年で処刑された女王とは面識がなく確信が持てずにいた。


しかし、疑うべき点はいくつもある。


「一緒に処刑されたはずの剣士がこうして生きているのだから可能性くらいは考える」


イーリスの生存は決定的な材料だった。


女王と面識はないが、聖都スマフラウ奪還のさい竜殺しオーヴィル・ランカスターに守護されていた竜の巫女イーリスとは面識があった。


女王を公開処刑した際、彼女の側近をだった彼女は一緒に死罪に処されたはずだ。


隣国の東端に移り住んでまさか顔見知りに出会うとは考えなかったのだろう。


「──斥候の男が大声で、陛下! と呼んでいたしね」


イバンが劇団の近況を探りに来たときのことだ。


フットワークと口の軽さに定評のある彼は半エルフの聞き耳にしっかりと引っかかっていた。


これは絶対に知られてはいけない秘密、ましてや相手は敵国の王族だ。


しかし取り繕いようがない。


「わたくしは劇団員のニィハです」


言い張ることで精一杯だ。


ルブレは勝ち誇る。


「元陛下、世の中はけっきょく政治でしか変わらないと俺は思うね」


世界は国家間のパワーバランスや社会構造の具体的な変革でしか変わらない。


「──物語の出る幕はない」


あなたは女王を放棄すべきではなかった──。


それはニィハにとっても苦い記憶だ。


「けれど、あのときの判断は間違ってはいませんでした」


ニィハの反論をルブレはあっさりと肯定する。


「そうだ、あなたがトップのままなら我が王国はすでに圧勝していただろうからね」


即位したばかりの幼い女王、彼女を傀儡にしようと画策した首脳たちの愚にもつかない派閥争いによる分断。


皇国は救いようがないほどに弱体化し、そこに付け込むようにして戦端が開かれた。


「──あなたが皇国没落の責任を被ったことで、圧倒的優勢だった戦況はふりだしに戻ってしまった」


現王の支持は無能の女王を処刑したことで確固たるものとなり、その結束力がマウ王国の侵攻を跳ね除けた。


いまさら茶番だったとは言えない。


「そんなキミたちと、どんな付き合い方をするべきだと思うね?」


ニィハは迷いのない眼差しで告げる。


「国家の急所になりえるならば、わたくしはいつでも自刃する覚悟があります」


即答されたことにルブレは驚いた、その覚悟にいつわりはないのだろう。


──踏み込めば痛い目を見るのはこちらの方だな。


死なせて得られるものはなく、無駄に敵をつくることになる。


「すばらしい、俺の横にいたのがあなたなら間違っても魚のエサにするようなことはなかったでしょうね」


嘘を暴くにはおそすぎたし『鉄の国』との良好な関係を壊す利点もない。


「──さて、そろそろ仕事にもどることにするよ、なにかあったら気軽に呼んでくれたまえ」


皇国の救世主にルブレは会釈で敬意を表した。



他の団員たちはイーリスが方針を決定するまで船上からの景色を楽しんでいる。


「あれが海賊島?」


ギュムは豆粒ほどにしか見えない遥か遠くの島を指した。


「遠くてなにがなんだかだな」


オーヴィルもそこに確信を持てない。


海賊たちがなりをひそめて以降、まったく動く気配がない。


警備船の巡回航路上ということもあり、今日に限って海賊船と遭遇する可能性は極めて低いはずだ。


めずらしくリーンエレのほうから話しかけてくる。


「私たちの森はあの島にあったのよ」


「そうなの!?」


そんな話はいままで一切されなかったのでおどろいた。


大軍が攻め込んだというから勝手に地続きのどこかにあると思い込んでいた。


周辺海域を支配するための拠点として最適、そういう意味で占領する価値はある。


人間が執拗にエルフを追い立てたのにはそういう背景もあったわけだ。


「まさか、姉さんが海エルフだったとは」


「べつに海中に住んでいたわけじゃないわ」


とうぜん森に住んでいたし、言うならば島エルフだろう。


「──占領後すぐに漁村ができたのだけど、そのあと海賊に侵略されたみたい。最近のことよ」


「おれが生まれた頃にはとっくに海賊島だったよ」


エルフ族の最近は当てにならない。


少年はどれだけ昔のことだろうと想いを馳せた。


焼き払われたと伝えられた森がかなり再生している様子だ、【精霊の通り道】がある場所だからかもしれない。


ダラク戦士の知人から島にはエルフを見た者が大勢いると聞かされていた。


しかし、デリケートな問題かもしれないと考えるとリーンに知らせるのには抵抗があった。


──仲間と袂を分かってダークエルフ化した姉妹たちだからな。


そもそも今日まで海賊島が故郷だなんて知らなかった。


「そういえばイバンさんが島には竜を締め殺すような巨大ウミヘビがいるって言ってたっけ」


海賊島について知っているのはそれくらいだ。


リーンがふと空を見上げる。


異変を感じているが、それがどんな結果をもたらすものかはわからない。


それは彼女たちにとって多くの危険を包み隠している。


たとえば船の下、海中を泳ぐ巨大生物の影もそのひとつだ。



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