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第二十五話 『勇者一行』


巨鯨すら容易く絞め殺す巨大海蛇シーサーペントがルブレの船を襲う。


複数の海賊船がそれを遠巻きに眺めている。


率いるのは勇者ユナバハリ、四隻の海賊船に百人超えのダラク戦士が臨戦体制で控えていた。


その一隻に現行の呪術師が総動員され、彼らが精霊を操ることで姿を隠して近づいた。


シーサーペントも精霊の力で凶暴化しけしかけたものだ。


海蛇に巻き付かれた船は徐々に解体し木っ端微塵になるのは時間の問題だろう。


「おいおい、これだけの戦力を用意したのにオレたちの出番はないかもな!」


ガドィが緊張感のない大声を張り上げた。


緊張感のない戦友をスージグルが隣の船からたしなめる。


「油断するな、どうも容易い相手じゃないらしい」


張り上げる必要もなく声は精霊が相手の耳まで届けてくれる。


「──シーサーペントがやられると同時に攻め込むぞ」


劇団にはかなりの猛者がいると聞かされている、ドラゴンスレイヤーの称号を持つ者が巨大海蛇を撃破することは想定内だ。


頭目のユナバハリが全員に向けて伝達する。


「最後にもう一度だけ確認するぞ、これは部族の存続をかけた聖戦だ。依頼を達成できれば俺たちはこの海域での自由を保証される!」


以前にも一度、協調関係にあったマウ人の商船を襲ったことがある。


目的はマルブスを決闘に引きずり出すためではなく、アシュハ側のとある人物に与えられた任務だった。


ルブレの首を取ることでダラク族は特定の船以外への略奪を見逃され、アシュハ側は指定した対象を海賊に攻撃させることができる。


相互利益の関係を約束していた。


一度は逃したが、ここに再び機会を得ることが出来たわけだ。


「マウ国の工作員、アシュハに後ろ足で砂をかけたドワーフの王グンガ、そして目障りな旅芸人の一座、やつらを仕留めればこの海はオレたちのものだ!」


それらはつまり商人ギルドがふたたび『鉄の国』から搾取を開始するのに邪魔となる存在だ。


名誉の回復と得られる利益は莫大なものとなる。


任務を成功した暁に、ダラク族は駆逐されるべきならず者の集団から国家に属する海の傭兵団に生まれ変わる手筈になっている。


──そうなれば誰もがオレを大王と認めざるを得ない。


ユナバハリにとってまさに最終試験と呼べる作戦だ。


奴隷に等しい扱いの家に産まれ、環境にも資質にも恵まれず、執念だけでここまで来た。


ここですべての力を発揮しなければ意味が無い、そのためにできる限りの準備をしてきた。


今日まで自分以上に努力をしてきた者がいるならば教えてほしい、いないと断言する。


恐れはない、躊躇いはない、心技体はこれまでになく充実し、戦士としていまが最高の状態だ。


「ルブレの戦力である半エルフ部隊の魔法は前回同様、この二十名の術師たちが封じる。しかし純粋なエルフを完全に無力化できる保証はないから油断するな。


もっとも警戒すべきはオーヴィルという大男、そしてドワーフ王グンガだ。やつらは強力な戦士だがこちらにも勇者ガドィ、勇者スージグル、そしてこのオレがいる!」


下調べは十分、主な戦力、航路、到着時間、雇い主からも詳細な情報が与えられている。


「女、子供にもいっさいの情けをかけず確実に殺せ、それが依頼主の希望だからな。千載一遇の好機、条件は皆殺し、一人も逃すなッ!」


号令に従って四隻の海賊船は各々に行動を開始した。


ユナバハリは身を乗り出して隣の船を見送る。


「ガドィ先生! よろしくお願いします!」


大声で叫んで殊勝にも頭を下げた。


ガドィは拳を突き上げて答える。


「まかせろい!!」


ガドィの船は先行し、シーサーペントの戦闘に巻き込まれないよう大きくルブレの船を回り込む。


「親父、よくあのガキを手伝う気になったな」


ガドィの副官を務めるのはユナバハリの半分にも満たない彼の息子だ。


ダラク族の男子が十歳かそこらで略奪に参加するのは珍しくもない。


「ガハハっ! 生意気な奴にほど頼られて悪い気はしないもんだ!」


誰にでも下手に出る人間に頭を下げられても嬉しくないが、野心家の後輩に頭を下げられたら気合いも入る。


息子の心境は複雑だ。


「なんで親父が大王を目指さないんだ!」


大王になるものは原則として最高の勇者とされる、ならば最強の戦士である父こそがふさわしい。


尊敬する父を誇りたいという純粋な気持ちもあるし、それによって自分の立場が優位になってくるという打算もある。


呪術師の息子が即位することにはやはり抵抗があり、すんなりと受け入れられないのが本音だ。


「大王なんてめんどくさい役はやりたい奴に押し付けておけばいい、強さは戦場で証明できるからな!」


大王になればいまほど自由には戦えない、ガドィにとってそれは窮屈なことだった。


ダラク族最強の男は高らかに笑った。



二隻が先行したのを確認してからユナバハリの船が動き出す、後方から挟み撃ちにする布陣だ。


呪術師を乗せた船だけが後方に置き去りにされる、術士たちは作戦の要だが視力の無い彼らに白兵戦をさせるわけにはいかない。


「さて、行ったか……」


スージグルは三隻の船を見送った、彼の任務は呪術師への指示役だ。


護衛も兼ねているが先の三隻が全滅でもしない限り後方に位置するこの船への襲撃はない。


「さて、作戦開始だ」


優れた射手であるスージグルの視力が海蛇の首が宙を舞ったのを捉えた、彼を戦闘のない後方に配置するのはもったいないが適任だ。


ガドィには向かないし、ユナバハリは目立った活躍をする必要がある。


「足場をつくれ!」


シーサーペントの敗北に合わせてスージグルが指示を出した、術師たちがいっせいに魔術を発動する。


操られた精霊たちが一瞬で広範囲の海面を氷結させその範囲は水平線にまで及んだ。


沈みかけたルブレの船が凍りついて拘束される。


先攻した海賊船から戦士たちが下船し氷の上を走って商船を包囲していった。


「総動員しただけはある」


スージグルは魔術の効果に感心した。


曇天の端までが魔術の支配領域になっているが切れ間どころか終わりが見えない。


「標的に印をつけろ!」


ふたたび支持すると遠い暗がりに複数の小さな光球が浮かび上がる、そのひとつひとつは標的の頭上を照らす。


光球はその対象が死に絶えるまで照らし続ける。


殺戮ショーの舞台は整った。



ユナバハリの部隊は氷上をルブレの船に向かって走った。


前方に光球が現れて標的の居場所を知らせている


「いいぞ、丸見えだ!」


先に乗り込んでいた殺し屋がいい仕事をしたか、海蛇が砕いた船の残骸に押し潰されたか、光球の数は十にも満たない。


あとはその数名を追い詰め、光がすべて消えれば勝利というわかりやすいゲームだ。


動かなくなった船を早々に脱出し、標的たちは逃走を開始している。


無駄なことだ、障害物のない海上で頭上にスポットライトをぶら下げて逃げ切れるはずがない。


──急がなければ手柄を立てそこねるかもな。


存在感を示さなければ支持を得られない、主要人物の首のひとつも取らなくてはと焦る。


ユナバハリの隊が先行隊に追いつくと交戦状態だった。


その場にはドワーフが二人息耐えていて頭上からは光球が消えている。


一方、ダラク戦士側はすでに十数名が倒されていた。


いまも戦士が一人、飛び掛かり撃退されたところだ。


ユナバハリは孤軍奮闘するドワーフに確認する。


「グンガ王か?!」


「いかにも!」


集団に囲まれながらドワーフの王は即答した。


どうやらこのドワーフたちはここで足止めを買って出ると、自分たちの何倍もの人数を相手に拮抗した戦いを繰り広げていた。


「聞きしに勝る豪傑だな」


戦いぶりを賞賛し、血気にはやる仲間たちが飛びかかるのを制止する。


「──こいつはオレがひとりでやる、おまえたちは逃げたやつを追え!」


指さした先に遠ざかっていく三つの光がある。


この作戦の目的は皆殺しだ、誰一人として逃がすわけにはいかない。


戦士たちはすみやかにユナバハリの指示に従った。


走り去っていく海賊たちを尻目にグンガが問いかける。


「いいのか?」


あれだけの部下を引き連れておいて一対一に持ち込むのはあまりにもリスクが高い行動だ。


「おまえにあと何人殺されるかわからん、オレにまかせておけば犠牲者を出さずに済む」


参加者はいわばユナバハリ派、いわば支持者でもある。


大王になるための戦力としてむやみに失う訳にもいかない。


ユナバハリは手甲盾と片手剣を構える。


「──それに鈍足のドワーフを見捨てて行くにしてもだ、あの三人の中にそこまでして逃がしたい重要人物がいる可能性もあるからな」


グンガはふんと鼻で笑う。


「たしかにな。だがこれは『わ』にとっても好機なんだぜ、兵隊を百人殺すより大将首を取っちまったほうが話がはやいからな!」


そう言ってドワーフの王は戦斧を顔面の前にかまえて突進する。


ユナバハリはそれを迎え撃って驚く。


例えるならそれは追尾してくる鉄球だ──。


攻撃されるのを構わず頭部だけを隠してひたすら真っ直ぐに直進してくる。


工夫がないように見える、しかしユナバハリはその戦法を相手に下がることしかできない。


前に出れば相手の勢いに巻き込まれ衝突してしまい、腕力比べになればドワーフの土俵だ。


しかし下がりながらの攻撃は力が乗らず、岩のように頑強なカラダにたいした傷を付けられない。


──硬い、そして止まらない!


傷をつけられてもおかまいなしという精神力も驚嘆に値するが、致命傷になり得る攻撃だけを選別して対処する技術も素晴らしい。


「なるほど、さすがドワーフの王!」


起死回生の一撃と、ユナバハリは左手の剣を思い切りグンガの戦斧に叩きつけた。


しかしグンガの圧は強く、攻撃したユナバハリの方が体制を崩した。


「判断をあやまったな!」


大きな隙ができた好機とおおきく戦斧を振り上げる。


──足を止めたな!


ユナバハリは手甲盾を装着した右腕をグンガへと向けた、それは勇者マルブスを騙し討ちにした短剣の射出装着付きランタンシールド。


仕掛けは至近距離で発動した。


犠牲を減らす以外にも一人で戦う利点はあった、カリスマ性を求められるこの場面で小細工をする場面を見られずに済むという点だ。


手段は選ばない、グンガ王の首をひとりで取った事実だけが残れば問題ない。


しかし、射出された短剣はグンガの顔面を穿つことなく振り下ろされた斧により粉砕した手甲ごと地面に叩きつけられた。


不発──。


「クソっ!」


ユナバハリはふらつきながら慌てて距離をとった。


「残念だったな、そいつの作品のことはよく知ってるんだ」


そもそもがドワーフ製の武器だ。


なかでも仕掛け武器なんかの酔狂な代物の作者は王宮鍛冶師カガムくらいなもので、彼はグンガの弟分でもある。


「──仲間たちを先に行かせたのは男気ではなくそいつを使うのを見られたくなかったからだな、そういうのは弱みになるぞ?」


「弱みだと……?」


ユナバハリは首を傾げる、なぜならそれは自分にとっての強みだと彼自身は自覚している部分だからだ。


勝つために手段を選ばない柔軟性こそがこのユナバハリの武器だ。


それがなければここまで登ってこれてはいない。


「人間ってのは都合の悪いもんは存在ごと無かったことにする。見ない、見せない、触らせない、隠してしまって改善しようとしないからいつまでたっても進歩がない」


都合が悪い部分は手を加えて直すべきところだ、そうやって改良を重ねていくことでより良いものになっていく。


そこに触れずにおくから進歩しない、変化しない、腐らせる。


人間は今、自分が、得することだけで先のことに興味がない。


「──あれだろ、ガラクタを名品だって言って売れたらそれで構わねえんだろ?」


「なんの話だ?」


それはグンガが若い頃にオークションで聖剣を叩き折ったときから変わっていない。


「『わ』にとってそいつは一番耐え難いことだぜ」


それはドワーフ族の総意と言っても過言ではない。


その価値観を共有できる人間もいるにはいるが、それは一部の変わり者に限られる。


ユナバハリは呼吸を整えながら弾け飛んだ手甲盾を捨て、右手に剣を構えなおした。


──これが本物の王か。


偉大なるドワーフ王と対峙する。


「偽らざるをえないガラクタ側の都合があるもんでね!」


今度はグンガが前進を開始する前に先手を打つ。


ドワーフ王はそれを迎え撃とうと身構える。


パンッ──。音を立てて、グンガの眼前で目印だった光球が弾け散る。


「ぬおっ!?」


その炸裂はドワーフの足を止めるだけの威力があった。


呪術師とともに育ったユナバハリはすこしだけ精霊を操ることができた。


それも努力の成果だが、術師を差別する文化から披露することができずに隠してきた。


一時的に失明したグンガ、その首に片手剣の先端が捩じ込まれる。


グンガは微かに抵抗したが傷は深い、押し返す力を発揮されぬまま絶命する。


ユナバハリは掴まれた手首から完全に力が失われるのを待って刃を引き抜いた。


ガドィと戦っておいて良かった、そうでなければあの突進を捌ききれずに負けていたに違いない。


最重要人物であるグンガ王を撃破、これで戦力を半減させたと言える。


エルフは魔法を封じられ、この海上で呪術師たちによる【精霊魔法】の支配が及ぶかぎり逃げ場はない。


「あと少し」


任務を達成した時、大王になることが確定する。


勇者ユナバハリはついに夢の達成に片足をかけるに至った。


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