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第二十七話 死闘


ギュムベルトはニィハの手を引いてひたすらに走った。


悪い足場で運動能力の劣る彼女を支えた。


「アルフォンスが!」


どこではぐれたのか銀狼の姿がないことにニィハが気づいた。


七人と一匹いた仲間たちがいつの間にか二人になっている。


「足を止めないで!」


獣は魔術の対象外だったのか、光球のつけられていないアルフォンスを追手を避けながら捜すのは不可能に思えた。


追われている自分たちと離れることで生存率はむしろあがるだろう。


仲間の足を引っ張らないためにも非戦闘員である二人は戦場から離れるしかない。


切れ間のない暗雲、どこまでも続く氷の地面、魔法の影響下から逃れられる気配はない。


足をもつれさせたニィハをギュムが助け起こす。


「ニィハさんがんばって!」


応答する余裕はない、俊足の彼について行くので精一杯だ。


──なにが起きているのかわからない。


仲間を置いて逃げている不安もあいまって混乱が加速する。


警備船の巡回ルートに航路をとっていた、海賊船と鉢合わせることは想定していなかった。


鳴りを潜めて久しかった海賊たちがなぜ今日にかぎって、万全の準備をととのえ、誘い込むようにして自分たちを徹底的に追い込むのか。


事前から計画されていたとしか思えない。


ギュムは心細かろうとニィハを励ます。


「大丈夫、たとえ追いつかれたっておれだってそこそこ戦えますからね!」


たしかに鍛錬はしている、けれど屈強なダラク戦士たちを相手にできるレベルではない。


それでも窮地にありながら他者を思いやれる精神力は頼もしい。


オーヴィルの足止めが効いていることもあり、ここまで二人は順調に距離を稼げている。


しかし、離れるほどに頭上の光球が激しく発光し周囲を飛行する。


居場所を知らせているようであり、視界を遮ろうとしているようでもある。


突如、ギュムのつま先を激痛が襲う。


「いってぇ!?」


視線を落とすと鋭利に尖った氷柱が足の甲を貫通していた。


こんなサイズの氷柱を跨いだワケがない、それは地面からとつぜん突き出した。


転倒した少年に駆け寄ろうとしたニィハの大腿部を地面から伸びた氷の槍が貫く。


【精霊魔法】が逃亡を許すまいと激しく荒ぶった。


大腿部から噴き出した血液が衣服を真っ赤に染めていく。


痛みに呻きながらニィハは【治癒魔術】を発動してふたりの傷を癒す。


その間も光球は音を立てて弾け、氷柱は二人を襲い続ける。


このままでは身動きがとれないと、ギュムはニィハを抱えあげた。


そして魔法の攻撃から身を挺して彼女を庇う。


「ギュムベルトさん!?」


「魔法に集中してください!」


そう言ってギュムはニィハを抱えたまま走り出した。


彼女が致命傷を負って【治癒魔術】の発動が途絶えたらおしまいだ。


それならばギュムが可能な限り攻撃を引き受け、それをニィハが治癒することで歩をすすめることができる。


「無茶しないで!」


「ここは無茶するところでしょ!大丈夫、脚には自信があるんです、犬みたいに速いって評判なんですから!」


実際、これまでもギュムベルトは要所でその健脚を発揮してきた。


イーリスが毒に侵されたときと同じ、ただ今回はリーンエレのサポートはなく精霊が命を奪いにくる。


氷の槍が脚を貫き、引き裂く、転倒すれば攻撃は上半身や頭部に及ぶだろう。


倒れることは許されない。


精霊の攻撃は苛烈になる一方、ニィハは魔力の放出を止める暇もない。


ギュムベルトに負担を強いることに心を痛めたが、これ以外の方法はなかった。


「舞台の外でニィハさんを抱えられるなんて光栄ですよ!」


強がりではない、アドレナリンの効力と【治癒魔術】の力で脚が千切れるような負傷さえも思ったより痛みを感じない。


彼女を無事に逃がすこと、それ以外のことはどうでもよかった。



呪術師たちの船──。


逃げる標的の頭上であらぶる光球を勇者スージグルは監視していた。


戦場から離れた安全地帯で術師たちは存分にその力を発揮できた。


「二人逃がしてるぞ、そこに魔法を集中しろ」


シーサーペント、そして潜入していた殺し屋は期待以上の成果をあげた。


死亡すれば目印の光球は消滅する、生存者はもう数人しか残っていない。


とどまっているものは交戦中、遠ざかっていくものを攻撃させる必要がある。


逃げる者を優先的に攻撃し光を消していく、このままいけば完勝のはずだ。


──それにしても粘るな。


魔法による攻撃を浴びせ続けているが、遠ざかっていく二つの光がいつまで経っても消える気配がない。


──逃がす訳にはいかない。


さらなる指示を出そうと振り返ると、魔術を行使していた呪術師たちがかすかにざわついている。


「…………!?」


スージグルの背筋に悪寒が走った。


船上に見慣れない人物が現れる。


彼女は音もなく呪術師たちのあいだに舞い降りた。


スージグルがその存在を口ずさむ。


「エルフ……」


呪術師の妨害でもリーンエレの力を完全に封じ込めるには至らない。


彼女の頭上からは精霊球が消失しており、その存在を見失っていた。


「精霊たちが耳を貸してくれないわけね」


この船に敵が現れることは想定外だ。


「──精霊とは協調するものよ、操作するような真似は感心しないわね」


「敵がいるぞ、攻撃しろ!」


スージグルは攻撃指示をだした。


呪術師たちは盲目だが敵の存在は精霊が知らせてくれる。


風の刃が侵入者であるエルフを切り裂く、荒ぶる精霊を鎮めようとリーンが手を前方にかざした。


しかし力は拮抗しない、人数が完全にこの場を支配している。


かろうじて抵抗しているが押し負けている。


「!?」


かざしていたリーンの腕が後方へと弾かれた。


スージグルの放った矢が手のひらから肘までを貫通し、その威力は腕の骨を粉砕した。


──なかなかの腕前ね。


風が読めるエルフ族には超人的な弓の使い手が数多くいるが、人間にしては匹敵する技術を持っている。


どうやら勝ち目がない──。


確信したことでリーンの覚悟は決まった。


「私もそっちに行くわ……」


不本意そうにため息をつくとリーンの白い肌は青黒く変色をはじめた。



その頃、ダラク戦士たちは海上の一点に渋滞していた。


オーヴィルがそこで通せんぼをしているからだ。


彼の巨大な両手剣はシーサーペントみたいな巨大モンスターを退治するぶんには良かった。


本来それは人間相手に振るうようなものじゃない。


小回りが利かず動作が大きくなり隙が生じやすい、重量から体力の消耗が大きく多数を相手にするには不向きだ。


にもかかわらず、彼の周囲には死体の山ができあがっている。


立ち向かった者、通り過ぎようとした者はことごとく両断され地面に転がった。


あんな重い鉄の板を相手にしてなぜだか誰も先手を取れない。


まるで未来が見えているみたいに人が通過する場所に向かって刃が振り下ろされる。


未来視の魔法が使えるわけじゃない、殺気に反応して動き呼吸に反応して振り下ろす。


動くぞ。と相手が思った時、オーヴィルはすでに動き出していて、繰り出された両手剣の射程距離はどの近接武器よりも長く、どんな人間も一撃で挽肉に変えた。


そもそもカラダのデカいオーヴィルはその重量を稼動するだけでスタミナの消耗が激しい、長期戦には向かない体型だ。


しかし百回振れば百人殺せる、相手が動く気配を見せないかぎりは仕掛けない。


手数をかぎりなく抑えることでスタミナを節約できた。


誰も近づけない。


ガドィだけがかろうじてその攻撃を凌いでいた。


「こいつはどうゆう事だ……?」


ダラク族最強の男は圧倒された。


四方からの攻撃も関係ない。


Aが横をすり抜けようとして死に、ガドィが弾き返され、Bが飛びかかって死に、ガドィが弾き返され、Cが砕け、Dが飛び散り、ガドィが弾き返された。


オーヴィルは動く者のまえに立ち塞がりすべてを粉砕した。


「──なるほど、世界は広い」


ガドィにとってここまでの損害が出たことは想定外だった。


オーヴィルは弱音を吐く。


「困ったな、どうやったらあんたを倒せるんだ?」


他に気を配ることが多いとはいえ、何度も切りつけているガドィが傷を負っていない。


無傷のままだ。


「ガハハっ、待ちの戦士を相手に防戦一方なのははじめてだ」


残り数人まで減らしたところでユナバハリが先行させた部隊が補充される。


ふりだしに戻された感覚だ。


──あの蛇がなかったらな。


巨大モンスターの首を切断するのに消耗したオーヴィルの握力は限界に近づいていた。



一方、リーンエレは急激な変化を遂げていた。


スージグルはリーンの変身を警戒する。


「……これはなんだ?」


【深化】は精霊界に精神をひたすことでより精霊との繋がりを密接にする儀式だ。


精神が現世を離れる影響で肉体は変質する。


まず肌が変色し次第に硬質化していく、【精霊化】して大量の魔力を蓄えた肉体はやがて竜へと変貌する。


その過程を人はダークエルフと呼んだ。


彼女を攻撃していた風の刃がピタリと止まる。


──マズイ、いま仕留めなければやられる!


危険を察知したスージグルが即座に二の矢を放った。


矢は吸い込まれるように直進しリーンの頭部を弾く。


一撃必殺、スージグルは勝利を確信する。


ひたいを貫通した矢尻は確実に脳を破壊したはずだ。


リーンの肉体は死んだ──。


それでも精霊界に預けた精神が尽きるまでの猶予があった。


ダークエルフはのけぞった上体を起こして両手を広げる。


──こんな強引な方法は不本意なのだけれど。


一帯の精霊を完全に制御下においた。


呪術師たちは無力化され、スージグルの放つ矢も尽くが到達まえに燃え尽きる。


「愛する人たちのためにあなた達から命を奪うわ」


漆黒の肌が硬質化し頭部から角が生える。


かざした腕が竜の爪のように変化する。


それは急速な【深化】だった。


──千年後の世界を見届ける約束、守らなくてごめんなさい。


矢が通じないと判断したスージグルは剣を抜いてリーンに斬りかかった。


彼の全身が発火し矢と同じ末路をたどる、しかし勇者は止まらない。


リーンを肩口から袈裟斬りに斬りつけ、文字通り燃え尽きた。


「……ありがとうイーリス、楽しかった」


リーンの背から翼が突き出して羽ばたく。


──すべてを灰燼とかせ精霊王。


瞬間、眩い光が一帯を包み込む。



閃光は空一面を覆っていた暗雲を消し飛ばし、氷上の戦士たちの視線を集めた。


「なんだ……?」


オーヴィルとガドィも戦闘の手を止めて注目せずにはいられなかった。


まさか呪術師たちを乗せた船が跡形もなく消滅したとは思わない。


オーヴィルの頭上から光球が消える。


「魔法が無くなった……」


暗雲は霧散して青空が広がり、爆発の余波で足場の氷に大きな亀裂が駆け巡っていく。


ガドィが武器を構える。


「なんだか知らんが、そろそろ決着をつけようか!」


ふたりの周囲には数十の戦士たちが死屍累々と倒れている。


ドワーフたち、リーンエレ、オーヴィルがそれぞれの隊を壊滅させた。


ギュムやニィハを庇いながらではこうはいかなかっただろう。


この時点で海賊たちはほぼ全滅したと言ってよかった、打ち漏らしがあったとして数名にも満たないだろう。


オーヴィルとガドィの一騎打ちだ。


「そうしよう」


オーヴィルは剣を地面に突き立て拳を握った。


それを振り回す握力はもう残っていない、流血も激しく集中が途切れれば意識を失うだろう。


ガドィに負傷らしいところは無いが、その巨体を操るだけのスタミナはいい加減に尽きつつある。


決着の頃合いだ。


ガドィが叫ぶ。


「礼を言う、最高の時間だった!」


有望な若者を大王に押し上げることはもはやどうでもいい、現役の戦士として強者の存在に胸が踊った。


振り下ろされた戦斧をオーヴィルはガドィの手首を掴んで止める。


もう一方の手も同じようにして押さえ込む。


「こっちは最悪だぜ、人を殺さずにすむ生活が気に入ってたのによ!」


双方、すでに力比べをする余力は残されておらず動作は限られる。


最後の一撃だ。


もはや技術の応酬もない、二人は胸を反って同時に頭突きを繰り出した。


鈍い衝突音、ガドィがもんどりうって倒れる。


身長で劣るオーヴィルが前頭部でガドィの鼻先を突き上げる形となり、より脳にダメージが蓄積している方が意識を失った。


ダラク族最強の男は大の字になって倒れ伏した。


オーヴィルは危うく落ちそうになる意識を保つ。


割れた額から流れ落ちる血を拭う、傷が深く流血が止まる気配はない。


「ヤバいな、姫さんになおしてもらわねえと……」


そう言ってのそりと歩き出した。


歩き出して、足を止めた。


集団から離れたところにひとつの影が転がっている。


──子供だ。


そうでなければ無視して通り過ぎていたところだ。


よく見ると大量の出血があるようだ、同士討ちだろうか子供を斬った覚えはない。


それは今日が初陣だったガドィの息子だ。


「…………」


近づいて観察するとまだ息がある。


かかわる義理はないが、放置すれば確実に死んでしまうだろうと思った。


「……おい、傷を見せてみろ」


うずくまる少年の横に膝をつき肩に触れる。


ひっくり返すとガドィの息子はその腕に切断された海賊の部位を抱えている。


それは流血の擬態──。


無傷の少年は隠し持っていた剣でオーヴィルの腹部を突き刺した。


至近距離ということもあるが、出血で意識が朦朧としていて反応ができなかった。


前のめりに崩れ落ちる。


疲労から抗う気力もわかなかった。


カドィの息子は跳ねるように立ち上がると、父親の方へと走り去っていく。


オーヴィルはつぶやく。


「なんだ、元気じゃねえか……」


無視していけば良かった。


そうは思ったが、見て見ぬフリのできない男だ。


その性格と高い戦闘能力のせいでいつも厄介ごとに巻き込まれてきた。


必要とされるのはいつでも戦場で、意思にかかわらず命のやり取りが常だった。


血液が失われるにつれ体温が下がっていく。


「とうとう、順番が、来ちまった……」


たくさんの殺し合いをしてきた、自分が死ぬときもあるだろう。


文句を言う資格はない。


そんな自分だからこそイーリスたちと出会い、必要とされ、今日まで楽しく生きてこれた。


念願だった『竜の巫女』の伝承もできた。


彼女たちと出会えない長い人生より、出会えたいまが満足だ。


あとは逃した連中の無事を祈るだけ。


オーヴィルは自分の死を悲観しなかった。


うすれゆく視界のなかに少女の幻影を見る。


それは巫女の衣装を纏った現在よりもいくつか若いイーリスの姿。


なつかしい姿にふと笑みがこぼれる。


──まあ、上出来。


視界が狭くなり瞳から光が失われていく。


本人には不本意だが、『竜殺し』が吟遊詩人として語られることはない。


しかし剛腕の吟遊詩人を英雄として語る人々は各地に存在する。


苛烈な戦場を駆け抜けてきた男の死に顔は、その人生に似合わず穏やかだ。


『竜の巫女』の幻影は彼に寄り添うと労うようにして頬に触れた。


そして弾けると黒い霧になって日光に溶けた。



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