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稽古 3

 7時少し前、伊達と高山は道場に着いた。すでに他の内弟子と一般部の道場生が集まっていた。伊達はみんなに高山を紹介した。

「今度入門する高山君だ。今日は見学だが、これからよろしく頼む」

 一般部の道場生もいるので、ここでは簡単な紹介で済ませた。

 紹介後、伊達は空手衣に着替え、出席している道場生の様子を観察するかのように見ていた。高山はみんなの邪魔にならないところに立ち、稽古の様子を見ることになった。

 初めて見る道衣姿だが、そこにはそれまでの柔和な感じの伊達はいなかった。表情が一変していたのだ。武道家然としたその姿は、高山が空手部時代に思っていた自分の強さなど、まったく通用しないと感じさせるのに十分だった。

 道場生を見てみると、20人足らずの人数だ。その中には内弟子が4人いるので、一般の道場生は10人少々しかいない。高山としては、もっとたくさんの道場生がいるものと思っていただけに、この人数にはちょっと拍子抜けだった。

 しかし、外国人が5人おり、日本人との割合からすると奇異に思えた。その外国人たちも日本語をよく理解しているらしく、伊達とは日本語でしっかり会話している。高山は入門前にイメージしていた様子と異なるところに多少の困惑を覚えながらも、稽古前の様子を興味深く見学した。

 その時、まず驚いたのが、準備運動らしきものがないことだ。大学や高校時代に通っていた道場では稽古の時、一緒に準備運動をやっていたが、ここにはそれがない。さりげなく近くにいる道場生にその理由を尋ねた。

「ここでは準備運動はないのですか?」

「はい。実際の戦いでは準備運動をやってから、ということはないでしょう。いつでもすぐに戦えるように準備することが大切、と教わっています」

 考えてみれば当たり前のことだ。そこからも、これまでの稽古がスポーツ的な考え方であったことが理解できた。

 そうは言いながらも、準備運動は各自、事前にやっている人もいた。それはいわゆる自己管理的な意味合いを持つものだった。

 道場生に「集合」の号令がかかり、全員きちんと整列した。正面に礼、お互いに礼、という部分はこれまでと同じだ。

 さあ、いよいよ稽古が見られる。高山の心は躍った。その目はカッと見開き、ちょっとした動きも見逃すまいという気持ちが表情にも表れていた。

 稽古自体は基本のその場突きから始まった。それから蹴り、受け、連続技、それらを今度は移動して行なうといった流れだが、稽古の流れ自体は高山にしても違和感なく受け入れられるところだ。

 だが、その内容は違っていた。

 一言で言うと細かいのだ。もちろん数もこなすのだが、一つ一つの技に対する身体の使い方の説明が緻密で、しかもそれは身体の構造に基づいたものなっている。それを全体の総論的な形で行なう部分と、各道場生個別に行なう部分がある。

 例えばその場突きの場合、足の締めが指導される。

 そこでは立ち方に絡む下肢の筋肉や膝や足首の関節の構造とそれらの関係性、武技として用いる時の用法、並びにその際のイメージングなど、高山が聞いたことのない話ばかりだった。突きを行なう腕にしても、下肢と同様、筋肉や関節、突く時の腕の中心軸といった概念など、これまでの練習が子供の習い事に思えるほどの密度の濃さだった。

 しかも、そのレベルで一人一人へのアドバイスも怠らない。この様子を見て、人数がこれ以上増えたら対応できない、と理解した。

「一般部でこのレベルか…」

 高山は思わずつぶやいた。

 ある程度回数をこなしたら、休憩時間となった。高山のところに伊達や先輩の内弟子がやってきた。

「どうだい、高山君。君がやってきた空手との違いは分かった?」

 伊達が言った。

「押忍。…いや、はい。分かったどころか、今までのは何だったのかと思っています。基本のことはこれまでは数さえこなせばいい、と思っていましたが、その一つ一つが実は大変複雑で深いものだと知りました」

 高山は答えた。その答えに内弟子の一人、龍田が言った。

「俺も以前他で空手を習っていたけど、先生のところに入門して、全然違うって分かったんですよ。ま、俺の場合、空手より喧嘩のほうが強いって思っていて、前の道場では組手で俺より強いのがいなかったりして、ちょっと天狗になっていたところ、伊達先生からガツンとやられて、すっかりはまっちゃった口だけど…」

 高山にしても同じようなことがあっただけに、龍田の言葉には共感した。

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