授業が始まった。
受講生同士の挨拶に続いて、各自一言ずつしゃべっている。内容はそれぞれの今日の学習目標であったり経験談などだ。癒しに関係することならば、何を話しても良いらしい。その中で、特に全員に共通して理解してもらわなければならないことについては伊達が解説する。この講座では毎回、このような繰り返しを行なっている。一方通行の講義ではないのだ。
この場で高山も挨拶をした。
「はじめまして。僕は高山誠と言います。先日、伊達先生のところに内弟子として入門しました。今日は一緒に整体術を勉強させていただきます」
「よろしく」
この日の受講生の最年長の木村が、高山のほうを見て挨拶を返した。
「木村さんは来月、卒業予定なんだ。ここでは先輩になるから、休憩時間にいろいろ話を伺うといい」
伊達が高山に言った。
一通りの朝の挨拶が終了した後、この日の授業が始まる。
この日は東洋医学の経絡に関係する内容で、膀胱経についての授業だ。分りやすくするため、経絡人形や経絡図が用いられている。
この講座では再三テーマになっているが、現場では大変重宝する経絡だ。だからこそ、その重要性をしっかり理解してもらうため、繰り返し教授される。
そういう学習法をここでは「リピート学習」と呼んでいるが、一度教えた、あるいは習ったと思っていることでも、時間が経てば忘れてしまうこともある。しかし、大切なところだからこそ忘れてはならないと、繰り返し教授されるのだ。
もちろん、テーマとしては重複しても、内容的には新しい話が必ず盛り込まれている。だからこそ、受講生もしっかり耳を立て、授業を受けるのだ。
ところで膀胱経というのは文字通り、膀胱の働きに関係する経絡で、その主たる働きは解剖学でいう膀胱も東洋医学でいう膀胱も大差はない。不要体液の排泄という点では同じである。だから、その効用としては排尿関係にトラブルがある場合に用いられる。
加えて、経絡を用いた調整というのは、そのライン上の痛みなどにも効果的で、膀胱経の場合は腰痛でよく用いられる。だから、腰痛の人への施術では欠くことができない大切な経絡となる。
また、骨格調整の際、大変重要な脊椎へのアプローチの前の下準備にもなるということで、経絡調整だけでないところまで影響する。まさに一つの経絡が2倍、3倍に活用されるわけだ。重視される理由もよく分る。
このような説明の後、具体的な調整法を学んでいく。
伊達の講義が他と異なるのは、普通ではマニュアル的な解説に終始し、ある経穴(ツボ)を何回押してください、といった内容になるところを、相手の様子を感じながら行なうよう指導するところだ。
だから、具体的な回数の指示はない。大切なのは指で感じることと、再三説明される。そして、その感性の習得のための工夫がなされている。
その一つが受ける側との情報交換だ。常に受ける側のことを考えるというのが信条の伊達の場合、施術する側の一方的な思い込みや、勝手に作ったマニュアル的な考えを否定する。あくまでも一人一人の状態を前提に、技を変えていくというのが豊富な実践経験から出てきた結論なのだ。
説明を聞いた受講生は、適宜ペアを組み、技の稽古に入った。
技術に関連する知識は、必要なことを必要な分だけ聞き、あとは手を動かし、その様子を見た上で再度説明を繰り返すといったほうが効率的なために、伊達の講義では常にこの方法がとられる。だから、どうしても1回あたりの受講時間が長くなってしまう。
この日もそのような流れで各自が稽古をしていたが、中盤、ハプニングが起こった。