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稽古 11

「痛い!」

 教室の後方で声が聞こえた。現場を見ていない生徒たちは、練習中余計な力が入ってしまい、受ける側が思わず発した言葉だと思った。

 伊達や高山も含め、教室にいる全員が声のほうに目を向けた。

 すると、施術する側の木村が痛そうな顔をして、左手で腰を押さえている。上半身は右側に倒れ、右手で身体を支えている。痛いと言ったのは受ける側と思い込んでいたので、その様子に違和感を感じていた。

「どうしたんですか?」

 伊達が木村に尋ねた。

「…ギックリ腰のようです」

 木村は痛そうな顔で、力なく答えた。

 受け役の受講生から話を聞くと、木村が受ける側の下肢部から背中のほうへと身体を移動しようとした時、角度、タイミングが悪く、腰に変な負担をかけたためギックリ腰になり、動けなくなったようだ。

 伊達は痛めた部位付近を触れ、様子を確認した。

 そして、稽古中の他の受講生にストップをかけた。

「みなさん。ちょっと手を止めてください。今、木村さんが移動しようとした時、変な身体の使い方をされたようで、ギックリ腰になられました。このようなことは日常の中でも見かけることですが、特別講義として、このケースについて模範施術、並びに解説をします。木村さんにはお気の毒ですが、見方を変えると大変貴重な経験をされることになります。今から私が施術します」

 伊達の言葉に高山は驚いた。もし結果が出なかったらどうなるのだろう、という心配が先に立ったのだ。しかし、御岳は心配しているように見えない。高山は興味津々で成りゆきを見守った。

 木村は痛みのあまり、ほとんど身体を動かせない。

 だが、座ったままでは施術しにくいということで、恐る恐るうつ伏せの姿勢をとった。腰をかばうような動きで、両手で身体を支え、少しずつ身体を回転させて、やっとの思いでその場に伏せた。その様子は、周囲から見ていると痛々しく、御岳を除いてみんな心配そうに見守っていた。

 木村自身も、ちょっとでも動けば腰に激痛が走るため、うつ伏せのまま身体が硬直している。木村の心中も本当に痛みが取れるのか、不安と期待を入り混じらせる複雑な気持ちを感じていた。

 伊達はそのような中、足の側面、小指側の真中付近にある骨の突起しているところのかかと側のふもとに親指を当てた。他の4指で足裏を包むように持ち、親指で静かに押した。ちょうどこの場所は、「京骨(けいこつ)」というツボの場所で、今日の講義で学んだ膀胱経に属する。伊達はこのツボを押したのだ。

 時間にして1分前後経過した。

「さあ、立てますか?」

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