月が替わり、選挙を10日後に控えた日、伊達は堀田と高山を連れて若林の選挙事務所を訪れた。まだ選挙期間ではないため、看板のところは伏せてある。
3人は事務所のドアを開け、中に入っていった。そこに若林の姿はなかったが、今度の選挙でお手伝いをする人なのだろう、数人が忙しそうに動き回っていた。
伊達たちの姿に気付き、そのうちの1人が愛想良く挨拶をした。
「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか?」
「伊達と申しますが、若林先生はいらっしゃいますか?」
応対をした人は伊達の名前を知らなかったらしく、表情に変化は無かった。よく分らないけれど、何かの用件だろう、くらいの感じだった。
その時、事務所の奥から若林の奥さんが出てきた。そしてすぐに伊達たちに気付いた。
「あっ、伊達先生。この度は主人がお世話になります」
先ほど応対した人は若林と親しい人なんだと理解した。そして会釈をして、すぐに後ろに下がった。
「こちらへどうぞ。今、主人を呼びますので」
奥さんは応接用のスペースに藤堂たちを通した。ほどなく、先ほど応対した人が伊達たちにお茶を持ってきた。
「先ほどは失礼いたしました。ごゆっくりなさってください」
優しい笑みを浮かべ、テーブルの上にお茶を置いた。
数分後、若林がやってきた。
「お忙しいところ恐縮です」
若林が挨拶をした。伊達たちも立ち上がり、若林と握手した。若林の力強く握手する様には、今度の選挙に並々ならぬ覚悟が表れていた。
伊達は高山と堀田を紹介した。
「若林先生。この2名を先生の周りにつかせていただきます。必ずどちらか一人をそばに置き、もう一人を近場で自由に動けるようにしてください」
若林は2人の顔をしっかり見て、納得した表情で言った。
「ありがとうございます。なかなかいい面構えの青年たちですね。頼もしいです。選挙、がんばります」
若林が力強く答えた。
「それで、先日お話しされていた人ですが、やはり出馬されるのですか?」
伊達が尋ねた。
「はい。それにともない、一部ではすでに怪文書も出回っているようで…。実際に選挙が始まったら当選するためにどんな手を使ってくるのか。今回、私も含め3名が立候補する予定ですが、もう一人の候補者も頭を痛めているんです」
伊達は若林の言葉に、今度の選挙で何らかの妨害が行なわれるのではと予感した。
「そうですか。しかし、ご安心ください。この2人ならご期待にそえるはずです」
伊達は自信を持って若林に告げた。高山と堀田はその期待に応えるべく、一生懸命使命を果たすことを改めて心に誓っていた。
「よろしくお願いします」
高山たちは若林に頭を下げ、元気な声で言った。
「では、先生。お忙しそうなので、私たちはこれで失礼します。事務所の様子を拝見していると、事前の準備で大変のようなので、明日からこの2人を来させます」
「そうですか。それは助かります」
そう言うと伊達たち3人は、軽く挨拶をして事務所を後にした。