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怪我 6

 朝食の後、座学の教室となる講義室をきれいに清掃した。臨時で朝食の場所として使用したため、本来の状態にしなければならなかったのだ。

 テーブル、椅子などを元に戻し、いよいよ座学が始まろうとする時、やはり龍田の顔が少し曇っている。どうしても「勉強」という言葉へのアレルギーがあるのだ。早朝稽古や食事の時には明るく振舞っていても、いよいよとなると嫌いな部分が頭をもたげてくる。それが表情にしっかりと表れていた。

「龍田君、どうした。早朝稽古の時はあんなに元気だったじゃないか。食事の時も食欲旺盛で、一番食べていたけど、すっかり元気がなくなったな」

 勉強嫌いの龍田の性格を知っている伊達が声をかけた。

「やっぱり座学という言葉が重いのか? じゃあ、勉強という意識でなくてもいいから、興味がありそうな部分だけきちんと聞く、というつもりでいなさい。それで今日は、気持ちを少しでも前向きにするつもりで、一番前の席に座りなさい」

 龍田は「エーッ」という顔をした。できれば一番後ろで目立たないように座っていたいと思っていただけに、その逆になったことに心中穏やかではなかった。

 しかし、伊達から言われては従わないわけにはいかない。龍田はしぶしぶ一番前に着席した。

 全員が着席し、伊達はホワイトボードの前に立った。内弟子みんなの表情を一通り見て、おもむろに話し始めた。

「いよいよ新しい内弟子プログラムのスタートだが、今日の講義は空手道史だ。どんなことにも歴史があり、それをきちんと理解しておかないと未来が見えない。君たちが将来、どんな武道家になっていくかは、まずこれまでの流れを知ることが基本になる。その上で自身の考え方や巡り合わせなどが関係して、オリジナルの人生になっていく。そういう意味では、今日の講義は基本中の基本になるので、心して聴くように」

 伊達の言葉に、みんなの顔が少し引き締まった。もともと同年代の人たちとは異なった選択肢を選び、歩いているメンバーだ。それなりの意志を持った上でここに集まっているのだから、伊達の言葉は、改めて入門当初の心を思い出させる感じで響いた。

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