勉強嫌いの龍田にしても、こういう話にはアレルギーはない。他の内弟子と同様、きちんと聞いている。
伊達はその様子を見て、龍田に話しかけた。
「龍田君。勉強というと仰々しく感じて、構える部分もあるかもしれないが、ここで言う勉強というのは君が学校でやってきたようなこととは違う。あくまでも本物の武道家になるための教養なんだ。だから今、君が見せたような表情のベースになっている意識を持って聞くと、違うふうに聞こえてくると思うよ」
龍田に対する配慮だった。自分では勉強嫌いだと思っていても、本当に学ぶことが嫌いであれば、好き好んで内弟子にはならない。いわゆる、学校の勉強のイメージがあるため、その部分でアレルギーになっているのだ。だから、興味のあるところからきちんと聞いていくだけでも、それが龍田にとっての学びとなり、自身にとってプラスに働く。伊達はそういうことを期待したのだ。
龍田も、何となく分かったような顔をした。もっとも、実際はどこまで浸透したかは不明だが、講義中にも折に触れ、諭していきたいと伊達は考えた。
伊達の目線は今度、御岳のほうに移った。
御岳は内弟子第1号として、簡単ではあったが今日のテーマである空手道史の概略は聞いていた。ここで伊達は、先輩としての花を持たせようと、御岳に説明させようとしたのだ。講義が始まる前の話、御岳が言った「頑張ります」という言葉に期待し、増えた内弟子の長男としてよりきちんと振舞うことができればという配慮だった。
「では、御岳君。以前、君には空手道史の一部を話していたと思うが、みんなに簡単に説明しなさい」
事前に打ち合わせがなく、いきなり説明をと言われ、少々びっくりした御岳だが、話しはじめた。
「え~、たしか、首里手とか那覇手とかあって…。あっ、そうそう。泊手というのもありました。昔は流派名というのはなくて……」
なかなか要領を得ない。知っていることを上手く繋いで話せない状態だ。
しかし、それは無理もない。もともと口下手で、聞いた時期は入門初期の頃だし、記憶も曖昧になっていたのだ。
人の頭の中に、何がどれくらい残っているかは他人からは分らない。伊達としては、もう少し教わったことが残っていることを期待している部分はあったのだが、思った以上に忘れているところが多いように見えた。しゃべらせることでどこまで覚えているかを確認したいというところもあったが、このまま続けていたら当初の狙いが逆効果になるので、御岳の話を終わらせた。
御岳自身も、現在は武道・武術の隣接領域の知識の必要性も感じ始めていたので、今回の座学には喜んでいたが、整理してきちんと話そうとしてもうまく言えないところに、悔しさも感じていた。
伊達も御岳の意を汲み、みんなに言った。
「御岳君、ご苦労様。さて、みんな。今、御岳君が概略を話してくれたが、もう一度、整理しておきましょう。繰り返し聞くことで記憶も定着するからね。それから御岳君、今の内容だとまだ君にも話していないことがあるようなので、今日はそこから話します」