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怪我 16

 熱戦となった御岳と松池の組手を見て、高山と堀田は熱くなっていた。2人とも身を乗り出すように熱心に注視し、攻防のたびに歓声を挙げていた。もちろんそれは龍田も同様だったが、高山と堀田の場合、次に行うのが自分たちだったので、その度合いは龍田以上だった。

 その戦いが終了し、次は高山と堀田の組手だ。前の組手を見て、いつも以上に気持ちが高ぶっている。

「では、次」

 伊達の指示で、堀田と高山がコートに入った。向かい合った瞬間に、互いの間に火花が散った。2人ともやや身体を前掲させ、今にも飛びかからんばかりの様相だ。この組手も熱戦を予感させる雰囲気になっている。

 その予感が的中した。

 堀田が開始の合図前に飛び出したのだ。さすがに攻撃をしかけたわけではないが、明らかに勇み足だ。堀田は伊達から注意を受けた。

「堀田君、まだ開始前だ。落ち着きなさい。冷静にならないと、危ないぞ」

 伊達は防具の面越しに堀田の目を見て言った。次いで高山にも同様のことをアドバイスした。伊達の目にも前の組手の熱気が過剰に伝わっていると映っていたのだ。

 両者、気持ちを取り直した後、開始の合図が出た。

 仕掛けたのはやはり堀田だった。先ほどの意識そのままに、高山に向かって攻撃を仕掛けた。

 右の中段前蹴りから、二段蹴りという連続技だ。最初から飛び技というのは大胆だが、最初に相手を飲む、という作戦なのだ。

 本来、飛び技というのは自分より下位の実力の者に対して仕掛けるものとされているが、状況や作戦によってはこの限りではない。きちんとした考えがあって行う場合は、それなりに功を奏する場合も少なからずあるのだ。特に堀田の場合、内弟子の中で一番若いだけにエネルギーの塊のような組手をするため、こういう流れは有効になる場合も少なくない。

 奇襲ともいえる思いがけない攻撃に、堀田の作戦通り高山は後退した。そのまま押される形になり、場外に出た。

 今回の組手は試合ではないので場外がポイントとして不利に働くことにはないが、心理的には追い込まれている感じになるし、実戦では後退によってその行為自身が負けの要素になる場合もある。

 例えば、エンドラインが崖の淵であれば、高山は転落していることになる。本当の実戦を想定している組手であれば、場外は即、負けとなのだ。今回の場合、そのようなことではなく、武技による1本を勝敗の基準とすることになっているので負けは免れたが、実戦を意識した武術の意識で稽古している高山にとっては、この後退は心理的に大きく減点要素となった。

 伊達はここで「止め」を宣し、2人を中央に戻した。そこから再び組手が始まった。

 次に仕掛けたのは高山だ。

 先手を取られたことで高山の闘志に火が点き、仕切り直しの後は攻勢に転じた。怒涛の上段突きだ。左右で5連続の突きだった。

 堀田は上体をのけぞらせたまま、後退するしかなかった。顔面にヒットはするものの、後退していたためにダメージはあまりなかったが、今度は堀田が場外に押し出された。さっきとは逆のパターンだ。これで両者の心理的な減点ポイントは相殺されることになった。

 先程戦った御岳と松池は内弟子の中ではおとなしいタイプだが、高山と堀田、それから今は控えている龍田は激しい性格だ。そういうタイプの2人が行なう組手だがら、当然火花を散らすような激しいものになる。

 心理的な仕切り直しが行われたところで、今度は互いに下がることはしなくなり、間合いを詰めて突きあう、蹴りあうパターンが多くなった。間合いが近くなると、つい掴んでしまったり、ボクシングで言うクリンチの状態になるが、そのたびに伊達が中に入り、両者を分ける。

 そういう攻防が時間いっぱい続き、1回戦目は終了した。

 この回は互いに一歩も譲らず、激しいぶつかり合いのまま互いに1本は取れず、引き分けとして終了した。

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