目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

怪我 18

 興奮のために技が乱れ始めている2人に、伊達が注意した。

「2人とも、深呼吸をしなさい」

 深呼吸には高ぶった心を鎮める作用がある。だから興奮した場面、気持ちを落ち着かせたい場面では、深呼吸が有効であると、活法としての整体術を学ぶ時、呼吸と心理の関係から説明されていた。

 図らずもこの場面で、自らの体験として行うことになったが、このことで2人とも少し冷静さを取り戻した。

「続けて、始め」

 伊達が続行を命じた。

 今度は無茶な攻防にはならなかった。互いに相手を観察しようという感じが見えた。

 続行後、最初に攻撃を仕掛けたのは高山だ。

 学生空手の名残で、遠間から一気に間合いを詰め、上段の順突きを放った。運足のスピードとタイミングが絶妙で、入るコースも適切だったが堀田が微妙に顔をずらし、顔面のちょっと横を拳がとらえた。試合では1本を取ってもおかしくないレベルだ。

 だが、伊達は不十分とした。威力が不足していると判断したのだ。

 1本取られたと思った堀田としては、ラッキーだった。それなりの衝撃を感じており、たとえ取られても文句は言えない、と思えるほどの内容だったからだ。

 しかし、このレベルで取られないとすると、それは自分の場合にも同じことが言えると考えた。

 この考えが堀田が力む原因となった。

 再び開始線に戻った2人は、「始め」が宣せられても、今度はすぐには動かない。相手の様子を伺い、隙を狙っている。ファイタータイプの2人には合わない様相だ。お互いにちょっとずつ手を出したり、間合いを詰めたり開けたりと、タイミングを伺っている。

 今だ、と思った時、堀田が左の上段突きを出した。高山は思わず下がった。

 実は堀田は上段突きを狙っていたのではなく、これはいわゆるフェイントだった。だが、いかにもフェイントであることが見え見えであれば、高山が動じないことは分かっていた。だからこそ、もし相手に油断があれば1本になり得るようなレベルの攻撃を仕掛けたのだ。

 その作戦は功を奏し、高山は後ろに下がったのだが、堀田の狙いは続く中段回し蹴りだった。その狙いは的中し、高山の腹部を直撃した。

 周りから見ている1本にも見えたが、実際には腕の上から当たっている状態で、やはり不十分の判定となった。

 ただ、これも威力的には結構なもので、高山の腹部には腕に当たって衝撃が緩衝されたとはいっても、十分なパワーが伝わっていた。

 このようなレベルの攻防がその後も続き、タイミング的には1本になっても良さそうな攻撃が両者にあったが、内弟子同士の組手では競技的なレベルでの1本はない。あくまでも、もし防具がなければ倒れていたであろうと思われる場合しか判定されないのだ。

 そういう意味では、高山のように競技の経験と実績があることが逆に禍する。自分では1本取ったと思っても、不十分と判定されることに精神的なプレッシャーが募っていくのだ。

 一方の堀田のほうも、もともと激しく燃える性格でありながら、それを冷静に抑えて戦うということに、だんだんストレスを感じてきた。

 本来、修行というのはそういう心をコントロールすることも含まれるが、まだ途上の堀田には、頭では分かってもいざとなるとなかなか難しい、というのが現実なのだ。

 2回戦目は、両者とも心の中にモヤモヤしたものを感じながら、戦いは引き分けで終わった。

 この回で決着がつかなかったので休憩後、3回戦目に入ることになった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?