堀田の怪我も回復し、いつもの内弟子修業の毎日が続いていた。
ある日、稽古の合間に御岳が伊達のところに一人で訪れた。
「先生、ちょっとご相談があるんですが…」
立ったまま、いつになく神妙な面持ちで御岳が言った。内容は分からないが、何か心配事があると感じた伊達は一旦椅子に座らせ、話を聞くことにした。
「どうした、御岳君。いつもと違った感じだが、何かあったのか?」
伊達は御岳の心の内を読み取ろうと、しっかり表情を観察していた。
御岳はちょっと間を置き、話し始めた。
「…はい。先生はいつも自分の身体のケアの大切さについておっしゃっていますが、堀田君のことなどを見て、本当にその必要性を感じました。だから、自分でできることとしてお腹の調整などをやっていましたが、実は左側の肋骨の少し下付近に、しこりのようなものを感じるんです。別に痛いとか、その他の症状が出ているわけではないのですが…」
その言葉の中には、もしかして何か悪い病気だったら、といった不安が潜んでいた。伏し目がちに話すその様子から、その不安は御岳にとって大きいものであることが想像できた。
もともと御岳は心配性の性格である。だからこそ内弟子の長男格として、後輩たちの若さゆえの暴走を止める役目も果たしてくれた。今回の相談も、そういう心配性の一つかと思われたが、身体のことなので笑い飛ばせるものではない。もし、問題のあることであれば、然るべき対応が必要になる。
腹部のしこりというのが御岳の思い過ごしであれば問題ないので、その確認のために伊達は御岳の腹部を触れてみることにした。ただ、座った状態では腹筋の関係で今一つ奥まで指が入らないので、ソファーに横になるよう指示した。
来客用の普通のソファーなので、クッションは整体院などにあるベッドとは異なり、柔らかい。身体は沈み気味だが、横になることで不要な腹筋の緊張が解け、伊達の指は御岳の腹部の奥まで届いた。
「御岳君。このしこりのことか?」
伊達の指は御岳が言うしこりを捉えた。たしかにそれは一般的な腹部の固さとは異なる感触だ。大変小さいものではあるが、何かある。
「そうです。先生、どう思われますか?」
「たしかに御岳君が言う通り、何かの塊を感じるね。しかし、それは何かあるということを感じるだけで、それがどういうものかまでは分からない。整体師の指ではそこまでは判断できない。こういう時は、きちんと病院で病理検査をしてもらい、そのしこりを特定してもらったほうがいい。触れたところ、大変小さいものだし、大きさから考えると、たとえ問題があっても進んだ状態ではないはずだ。だからあまり心配しないで病院に行きなさい。でも、よくそんな小さなしこりを発見したな。指の感性が確実にアップしている証拠だ。その意味ではよく修行した」
「ありがとうございます。早速これから病院に行ってきます」
お腹のしこりは気になるものの、伊達に修行の成果を認められ、御岳はその点では嬉しく思った。また、あまり心配するなという藤堂の言葉に、それまでの心配は少し軽くなった。
しかし、何かお腹にあるのは事実だ。それがどんなものか、まだ分からない以上、楽観視はできない。内弟子は武道だけでなく癒しも学んでいるだけに、身体のことについては普通の人より気を配る。というより、それが必要な意識なのだ。
御岳の場合、心配性なだけに、一刻も早くこのしこりが何なのかを知りたいと思った。
御岳は事務所を出て、その足で病院に向かった。実は伊達に相談する前に、もし病院に行くならどこが良いのか事前に調べていたので、迷わずそこに行くことにしたのだ。