数日後、御岳は先日検査を受けた病院の待合室にいた。今日、検査結果が出ると聞いていたので、稽古を休み、病院に来ていたのだ。この日は朝から気分が重く、本当に病人みたいな表情だった。今いる場所は病院の待合室だが、そこに座っていても何も違和感はない。だが気分的には疲れていた。
「何も問題はありませんよ」
そういう結果を期待していた。
病院の朝は人が一杯だ。御岳も早く来たつもりだが、すでに何人も先に来院しており、結局1時間あまり待合室で待つことになった。
この1時間は、御岳にとってはとても長く、時計を見ても一向に針が進まない。時計とにらめっこしている感じだ。診察室から呼び出しがある度、自分の番かと思うが、別の人が先に入っていく。そういう光景を何度も見た。
「もしかすると、自分の場合はとても重症で、どういう風に説明しようかと医者も考えているのかもしれない」
といった具合に、悪いほうに考えるばかりだった。
同時に、そういう自分の姿を省みるかのように、今まで伊達の下で内弟子として、武術の心を学んできたのではないかといった考えも湧いてくる。
「弱気になる自分が恥ずかしい」
自分の心を奮い立たせる御岳も一方ではいた。
否定的な考え、自分を信じる考えなど、いろいろなことが頭の中を駆け巡り、いずれにしてもはっきりしてほしいと、だんだん開き直りも似た気持ちが支配するようになった。
受付時に言われた時間がやってきた。その時間は1時間を少しオーバーしており、それも御岳にとっては長く感じていた理由になった。
「御岳さん、診察室へどうぞ」
やっと看護師さんから呼び出され、御岳は心配そうな顔で診察室に入った。
力なく、医者の前に座った。御岳にとって、座るための丸椅子はとても華奢に感じた。最初に診察を受けた時はそうでもなかったが、検査結果が出るまでの間、心の修行をしていたつもりでも、どうしても負の部分が大きく占めていたのだ。だから、自分が身を預ける椅子にすら、以前とは異なった印象を持ってしまう。
「どうでした?」
尋ねる御岳の声は、いつもと違って元気がなかった。不安が声からも伝わってくる感じだ。
「…う~ん。君のお腹のしこりね、はっきり言うと良性のものではなかったんだ。悪性度としては低いが、今、きちんと対応しておかないとまずいと思います」
医者としては十分治る見込みがあると判断したので本当のことを話したのだが、「悪性」という言葉に御岳はショックを受けた。悪性度が低いという言葉より、良性ではなかった、という部分に大きな驚きを覚えたのだ。
御岳の顔色が一瞬、血の気を失った。目線も下がり気味で、全身から力が抜け落ちた感じだ。医者との会話が止まった。
「…そうか。ガンか…」
御岳の心の中は負の意識で一杯になった。
診察室内には重い空気が漂ったが、医者のほうから再び話を始めた。
「御岳さん。悪性といっても、さっき話したようにその度合いは低いんです。今、対応すれば大丈夫です。それにしても、こんなところにできたしこりをよく指で探り当てましたね。普通はできない場所だし、大変小さなものですので、我々だって事前に何かの情報がなければ見落とすかもしれません。極めて初期の状態だし、悪性度も低いので、適切な処置をすれば十分治ると思います」
御岳がしょげている様子を見て、医者は元気づけるための話をした。
だが、御岳の親戚にはガンで亡くなった人がいる。この時点では「ガン」という言葉だけで、御岳の心は萎えてしまった。今回の検査結果は、親戚のケースを思い出させるだけだった。
「ありがとうございました。いろいろ考えてみます」
力なく答え、御岳は診察室を後にした。