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ガン 3

 診察室を出る時から御岳は肩を落とし、うつむき加減になっている。病院を後にし、外を歩いている時も同様で、歩き方もトボトボとしたものだった。目もうつろになり、何か考えているのかどうか、自分にも分らない状態だ。

 病院から帰る時、小さな公園を見つけた。普段は通らない道を、明確な意思もなく歩いている時に見かけたのだ。

 そこは小さいながらも整備されており、木や草花も植えられ、ベンチやブランコなどの遊具もある。

 空いているベンチがあったので、御岳はそこに腰掛けた。ペンキが剥がれ、ちょっと汚れた感じだったが、御岳にはそんなことはどうでもよかった。そういうことを考える余裕がないくらい、ひどく疲れていたのだ。とにかく一休みしたい、という気持ちからだった。背中は曲り、両肘を太ももに置き、顎を手で支えている。かと思えば、背中を背もたれにもたれるようにして大きく伸ばしている。暗い表情のまま、出るのはため息ばかりだ。

「ガンか…」

 頭の中はガンで苦しんだ叔父の様子が蘇ってくる。叔父は大腸ガンで、進行した際、ガンの苦しみだけでなく、排便といった日常的な部分にまで大変だったということを御岳は知っている。ガンのできた場所の関係ではあったが、重篤な病気になるということは、その悪影響がそれに関係する範囲にまで広がる可能性があることを経験していたのだ。

 それが病名を告げられた時のショックを倍加していた。御岳は叔父のことがあったため癒しの道に目覚めたのだが、自分が同じ病気になるとは夢にも思わなかった。

 ガンによって叔父が亡くなっているだけに、病名そのものに一種の恐れを抱いている。いくら悪性度が低い、初期だ、といってもマイナスのイメージしか浮かんでこない。

 いっそ、このままどこかに行って飛び込もうかとか、木にロープをかけて首を吊るかなど、すぐ死ぬことばかりを考えた。

 ただ、現実には頭の中で考えるだけで実行するわけではないし、そのようなマイナス思考ばかりしているわけでもなかった。診断結果が出るまでも負の部分だけでなく、前向きに考える場合もあった。内弟子として修行してきたことも心にある。内弟子の長男格として、龍田や松池、堀田、高山に、今思えば偉そうなことも言ってきた。その自分がいざという時、醜態を晒して良いものか、という気持ちもある。

 もし、診断結果が末期で、余命何ヶ月、といった宣告を受けた場合であれば、といったもっと悪い場合も考えた。それに比べれば、ガンと診断されてもまだ初期で悪性度も低い、ということはまだ良いほうではないか、といった気持ちもある。

 また、もし余命を告げられても、人間いつかは死ぬものだから、その期間を言われた分、充実した時間を使うようにすれば良い、といったことも考えた。そして今回の場合は、そこまでのレベルで検査結果を告げられたわけではない、という事実も理解していた。

 そういうプラス・マイナスの思考が、交互に繰り返された。その悶々とする様は、近くを通る人も避けるほどの状態で、御岳の苦悩が分かる。

 そのような状況のまま数時間が経っただろうか、辺りが薄暗くなってきた。

 少し冷静さを取り戻していた御岳は、まず伊達に相談しようと思った。自分の心の中では、プラスの考えが優勢になり、しっかり現実を認識し、ならばどうするか、といった方向に考えが傾いたのだ。

 こういった時、きちんとしたアドバイスをしてもらえる身近な人物としては、やはり自分の師である伊達以外にはいなかった。

 そう考えた御岳は公園を後にし、事務所に向かった。

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