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ガン 4

 御岳は事務所に戻った。

 伊達は今日の内弟子稽古を自主稽古に切り替え、事務所で御岳の帰りを待っていた。扉を開けると、まず戻ることが遅れたことを詫びた。

「すみません。帰りが遅れました」

 力なく御岳が挨拶をした。公園で一人で考えている時、自分なりの心はある程度落ち着いたと思っていたが、伊達の顔を見ると張りつめていた気持ちが揺らいだ。一人の時は自分で頑張らなくてはという意識になったが、頼れる相手の前ではまた弱い自分が頭をもたげるのだ。伊達にはその様子から、病院での話の内容は大体読めた。

 しかし、具体的な内容は御岳しか知らない。本人の口から説明するまで伊達は待った。

 御岳は黙ったまま、公園のベンチに座っていた時のように、背中を丸め、うなだれている。

 その状態が10分以上続いたが、やがて、御岳の重い口が開いた。伊達は身を乗り出し、御岳の言葉を聞こうという姿勢になった。

「先生、実は…」

 張りのない声だった。まったくハラの強さを感じない、頼りない口調だ。

「どんな結果だった?」

 伊達はできる限り優しい感じで尋ねた。

「…はい。…ガンでした」

 御岳はそれだけ言うのがやっとだった。

 伊達はそこでちょっと間を取り、続けて問うた。

「一口にガンといっても、悪性の度合や進行の状態がある。その点、どうだった?」

 大切なポイントはここだ。

 病気は単に病名だけで考えるのではなく、その状態の把握が重要になる。状況次第でアプローチは異なってくる。伊達はそういう意識を整体術の講座で説いてきた。だからこの時、御岳の口から検査の結果をきちんと聞き出さなくてはならなかったのだ。その内容次第で具体的にどうするかが決まる。

「はい。悪性度としては低いそうです。進行状態もごく初期の段階だそうです」

「そうか。それなら今、きちんとした治療を受ければ治るんじゃないのか。話を聞いていると、医者ははっきり告知した。もしガンが進行していて、手が付けられない、あるいは悪性で治る可能性が低いといった場合、直接本人に告知するケースは少ない。普通は近親者に告げることになるだろう。今回の場合、当人がきちんと自覚して治療を受ければ結果が出る、といった状態だと思う」

 御岳は伊達の言葉と親戚のケースを重ね合わせてみた。たしかに叔父の場合、発見が遅く、末期の段階だったために本人には知らされていなかった。亡くなる前には本人も気づいていたかもしれないが、医者は告知していない。

 それが自分の場合ははっきり病気の内容を告げられた。もちろん、医者によって考え方が異なるので一概には言えないが、少なくとも叔父のような深刻な状態ではない、ということは御岳にも理解できるようになった。

 御岳は叔父のケースを話し、伊達の言う通りであることを改めて確認し、どうするかを告げた。

「…先生。一時、内弟子修業をお休みさせてください。こちらで入院後のこまごまとしたことでご迷惑をおかけするわけにはいきませんので、郷里の病院で治療を受けたいと思います。そして、退院したら、また内弟子として復帰したいと思いますので、その時はよろしくお願いいたします」

 御岳はガンと戦う決意をした。基本的には一人で考えている時にある程度方向性は固めていたので、伊達の顔を見て弱気になった自分を改めたのだ。

 ただ、いくら悪性度が低い、進行状態も初期だとは言っても、ガン治療には強い副作用を伴うことが多い。治療自体が苦しい、ということもあるのだ。そういう意味では、これから御岳は大きな戦いの舞台を踏むことになる。それを思うと、伊達の胸には熱いものが込み上げてきた。

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