御岳の郷里は東北のM市だ。東京から新幹線で2時間ほどかかる。思えば数年前、志を立てて上京し、盆・正月関係なく修行を続けてきたが、久しぶりに戻った郷里の光景に、何とも言えない思いを感じていた。
修行を終え、自分なりに大きく変わった時に帰郷しようと考えていたけれど、思わぬ事態で帰郷することになったことに、一種の歯がゆさを感じていたのだ。
改札口を出て駅前を歩くと、昔からの店もあるが、変わってしまった店もある。時間の経過を感じる光景だ。
だが、御岳の場合、そういう感傷に浸っている時間はない。駅前からタクシーに乗り、自宅に向かった。
御岳の実家は車で20分ほどのところだ。ほどなく自宅に着いた。
「ただいま」
御岳はできるだけ明るくあいさつし、家の中に入った。
事前に連絡をしていたので、奥の居間では両親が待っていた。
「おかえり」
御岳の母は優しく信平を迎えた。特別に何か言うわけではない。普通に迎え入れた。
「おう、信平。戻ったか」
これまではあまり話さなかった父だったが、この日は御岳の帰宅を嬉しそうに言った。ただ、なぜ帰宅したかは分かっていたので、表情には強ばりがあった。だが、できるだけ御岳に心配している様子を感じさせまいと思い、父としてはできる限り普通にしたつもりだった。
御岳にとってはこれまでの父を知っているだけに、その心遣いに大変嬉しく思った。
御岳は荷物を置き、父の前に座った。もともと寡黙な2人だけに、すぐに会話が始まるわけではなかった。母親はお茶の準備ということで台所に行っている。
ほどなく、母親が居間に戻ってきた。
「はい、お茶。…信平、このお菓子、好きだったよね」
母親は御岳が小さいころ好物だった饅頭を出した。それは小さいころの話で、今は口も好みも変わっていたが、母の気持ちが分かるので小さくうなづいた。
母親が今に戻ったところで、父は重い口を開いた。
「…信平。電話で話した通り、今は自分の身体のことが第一だ。お前はそのために帰ってきた。俺たちとしては、お前が健康を取り戻すことに全力で協力する」
御岳はこれまで、あまり父親の言葉を正面から聞いたことがなかったが今回、父親としての力強い感じが一杯に詰まった言葉を聞いた。余計な部分がない分、一言一言が御岳の心の中に強く響いた。母親は何も言わず、父の横に座っている。だが、そのまなざしは小さいころに感じていたものと同じで、温かかった。
「…」
沈黙が続いた。
御岳はこの雰囲気、この言葉だけで胸が一杯になり、何も返事ができなかった。目にはうっすらと涙が出てきた。だが、ここは涙を流す場ではないと自分に言い聞かせ、必死にこらえた。その様子は父にも母にも痛いほど分かっていた。
「信平、部屋に荷物を置いてきなさい。以前のままにしてあるよ。ちょっと横になったらいい。食事の用意ができたら呼ぶから…」
母が言った。
「ありがとう。じゃあ、ちょっと休ませてもらうね」
御岳はそう言って、自分の部屋に行った。
部屋に入ると、誰にも遠慮はいらない。改めて両親の配慮、温かさに感謝し、涙が頬を伝わった。
何とも言えない心の落ち着きを感じた御岳は、用意してあった布団にもぐりこみ、そのまま眠った。