午後には抗ガン剤の投与がある。注射の形で行われるため、病室で看護師が行う。放射線療法のように、そのために部屋を移動することがない分、精神的には楽だ。
病室に戻り、しばらくすると昼食になったが、安心したのか、今度はおいしく食べた。
昼食後、しばらくすると検温などの他、抗ガン剤の投与が行われた。しかし、注射1本だけなので、治療というより風邪でも引いた時に注射された程度の感覚だった。
治療開始当日は、終わってみればあっけないものだった。
「こんなことなら、あんなにいろいろ悩まなくてもよかったな」
御岳は心の中でつぶやいた。たしかに初日は、治療に伴う特別な苦痛もなく、想像していたこととは全く違っていた。精神的には大変楽になった。同時に、こんな感じならば初期ということだし、早く退院してまた東京で内弟子が続けられる、と大きく期待するのだった。
ところで放射線療法は、一定の線量を定期的に照射し、ガン細胞を縮小、消滅させるもので、化学療法は抗ガン剤を用いて治療する。対象は放射線療法では局所、化学療法では予防的な意味であったり全身に広がっている場合となる。今回、化学療法を行なうのは、転移の予防を意識して行なうことになっている。
放射線療法の場合、手術と違って切除しないため、ガンさえなくなれば臓器などの機能は保たれる。しかし、放射線を照射する際、正常な細胞をまったく傷つけないということはなく、やはり患部付近のダメージが心配される。
化学療法との併用は、放射線の照射エリアや線量の軽減という意味もあるが、抗ガン剤が持つ副作用も懸念される。脱毛や全身の虚脱感などがあり、今回使用する薬の副作用の代表的なものだ。
これらのことは初日から出ることはないが、続けるうちに徐々に出てくる。御岳も副作用のことは知っているつもりではいるが、初日があまりにもあっけなかったため、その心配は薄れていた。