御岳は入院後、初めて伊達のところに電話をかけた。副作用が結構辛く感じる頃だった。元気な声を聞いてもらいたいと考え、退院のお知らせの時に電話をしようと思っていたのだが、伊達の声を聞き、あるいは何か言葉をかけてもらうことで、今の辛さを乗り切りたいという思いが電話をかけさせたのだ。
院内は携帯電話が使えないので、病室の外にある談話室の公衆電話からかけることにした。
受話器を取り、何度かダイヤルボタンを押すのだが、途中で指が止まる。声を聞きたいと思っても、自分の弱さをあからさまにしているようで、どうしても最後まで押せないのだ。
だが、この辛さをしっかり乗り切り、早く退院するため、という気持ちが、10回目にして最後までダイヤルボタンを押させた。
呼び出し音が鳴る。3回くらい鳴ったが、御岳にはそれがとても長い時間に感じた。まるでそれは、東京とM市の距離であるかのような感じだ。
途中で切ろうとも思った。つながるまでの長さは、電話をかけるな、と誰かが言っているようにも思えたのだ。
電話がつながった。伊達が出た。
「…先生、お久しぶりです。御岳です」
できる限りの元気な声で挨拶した。
「おっ、御岳君。思ったより元気そうだね。治療は進んでいるかい?」
考えていたより元気そうな声に伊達は安心した。
「はい。担当の先生から詳しく聞いているわけではありませんが、治療のスケジュールは予定通りです。何も変わったことは聞いていませんので、たぶん順調だと思います」
御岳は現況を報告した。
「そうか、それは良かった。でも、副作用のほうはどうだ?」
「はい。実はそっちのほうが大変で…」
話が副作用に及ぶと、途端に声が変わった。
これまでできるだけ元気に振る舞っていたが、この言葉で一気に元気なふりをしていた部分が崩れた。それだけ副作用の辛さが御岳の心身を傷つけていたのだ。伊達にはそれがよく分かった。
「そう。抗ガン剤の副作用は強いからな。でも、御岳君はまた東京に戻り、内弟子を続けたいんだろう? しっかりがんばって健康体を取り戻し、またみんなで一緒にやろう。今度、見舞いに行くよ。全員で一遍にというわけには行かないので、何回かに分けてだが」
今、伊達がかけてやれる言葉は、退院後の希望だ。そして、内弟子仲間が応援している、という話だ。そしてそれを、具体的な形として見せてやることだ。
伊達にしても、すぐに見舞いに行きたかったが、状況が分かってからと考え、実は御岳からの電話を待っていた。
ただ、御岳は退院の目途が立ってからと思っていた。そのズレはあったものの、結果的に電話で様子が分かったので、早速予定通り、御岳の見舞いにみんなで行くことを伝えたのだ。
「ありがとうございます。みんなの顔を見れたら、元気百倍です。しっかり養生して、少しでも好い顔を見せられるよう、一生懸命がんばります」
久しぶりに伊達の声を聞き、またみんなが見舞いに来てくれるという話は、副作用の辛さで落ち込んでいた御岳の心に勇気を与えた。これでガンを克服できる。改めて、強い思いを感じていた。