伊達は御岳の目が生きていることで、このような言葉を発した。つまり、病人によく言う決まり文句としての挨拶ではなく、目の輝きが伊達をして元気、と言わしめたのだ。
「先生。入院中、頭のほうがちょっと寂しくなりました」
抜けた頭髪のことを御岳自身の口から言ったが、伊達はとっくに知っている。
「薬の副作用で抜けているだけだから、治療が終わればまた生えてくる。気にするな。それよりも今は病気を治すことが第一だ。…その後、担当の先生から何か聞いたかい?」
「はい。経過は良好だそうです。この調子だと予定通りか、場合によっては少し退院が早まるかもしれない、ということでした」
御岳は嬉しそうに話した。その様子に両親も嬉しそうだった。
「そうか、それは良かった。がんばった甲斐があったな。内弟子として鍛えた精神力、少しは役に立ったかな」
「そうだと思います。先生のお顔を拝見し、また元気が出てきました。今からでもすぐに稽古をしたい気分です」
見た目と気力の良い意味のアンバランスが感じられた。この気力の向いている方向にどんどん引っ張られていけば、と伊達は期待した。だが、実際にできるかどうかは別だ。しっかり順序を踏まえるよう諭した。
「おいおい、それは性急すぎるよ。気持ちは結構だが、退院しても体力の回復を図らなければならない。その辺りは癒しを学んだ者として、しっかり自重するように」
ここは癒し家の顔で言った。もちろん、御岳自身もそれは十分分かっていた。ただ、今の心境を伊達にも分かってもらいたかったのだ。そして、それは伊達にも分かっていた。だが、そこは師として今、一番大事なことを理解してほしかったのだ。
「ほら、先生もおっしゃったでしょう」
母親が言った。その言葉の裏には、伊達が見舞いに来ることになって、御岳の精神状態は大きくプラス方向に転じ、退院したい、退院したらまた内弟子として頑張る、ということを盛んに言うようになっていたからだ。
「はい、分かりました。今回のことではいろいろ勉強になりました。今はそこで学んだことを、これからどう活かせるかを積極的に考えていこうと思っています」
御岳の力強い返事に伊達は安心した。ガンの経過が良好なこともさることながら、御岳の精神力が強くなったことが嬉しかった。
「実はここに来るまで、もう少ししょげている御岳君を想像していたが、良かったよ。東京に帰ってみんなにしっかり話しておく。次の見舞いは龍田君と松池君を考えている。その次が堀田君と高山君という具合に、2人ずつで予定している。元気な顔を見せてもらったら、喜ぶと思うよ」
「みんなに『待っています』と伝えてください。また会えることを楽しみにしています」
御岳のこの言葉を聞き、その後30分ほど雑談を交わし、伊達は病院を出た。