その日の夜、伊達は東京に戻った。事務所に着いたのは夜8時を回っていたが、内弟子たちは待っていた。事前に伊達が帰る頃の時間を聞いていたので、御岳の様子がどうだったか、一刻も早く様子を聞きたかったのだ。
伊達が事務所のドアを開けると、内弟子たちはすぐに駆け寄った。
立って話すようなことではないので、まずみんなを事務所の来客用のテーブル周りに座らせた。着席するなり一斉に伊達の顔を見た。それぞれ早く話を聞きたいと、目が訴えていた。
年齢的に御岳に次ぐのは松池のため、ここは松池がお茶を用意し、伊達のところに運んだ。
「先生、御岳さんの様子、どうでした?」
お茶をテーブルに置きながら、松池が尋ねた。こういう時はやはり年の功だろう、御岳が不在の時は松池が結構みんなをまとめていた。だから、御岳の様子を尋ねる口火を切ったのは松池だった。
伊達はみんなの顔を一通り見た上で言った。
「思ったより元気だった。薬の副作用などでもう少し気力が失せているかと思っていたが、目もしっかりしていたし、話す内容も落ち着いていた。髪の毛が抜けていることを気にしていたようだが、治療が終わればまた生えてくる。病気のほうも予定より順調ということだし、復帰は早いかもしれない」
伊達自身も安心した様子で語った。みんなの安堵の様子が伝わってきた。お互いに顔を見合わせ、口元は微笑んでいる。心配から安心に変わった瞬間だ。
入院・治療のために帰郷して以来、御岳からの連絡がなかった分、心配の度合いが高くなっていたのだ。しかし、伊達の口から近況を知ることができ、一気に心配していた気持ちが解放された。
伊達にもみんなの気持ちは分かっていたし、御岳の気持ちも分かっていた。だが、それを伝えても実際に病状が好転しないことには何も始まらない。だから今日までその点については何も語らなかったが、実際にその目で見て安心できる状況だったので、安心してみんなに話すことができた。
そうなると、今度は性格的にお調子者の龍田が伊達に言った。
「良かった。で、先生。次は俺、行ってもいいですか」
「そうだな。今度は君と松池君、2人で行ってきなさい。そしてその次が、堀田君と高山君だ。行ったら1泊してくるといい。まっ、休暇みたいなものだ。交通費と宿泊費はこちらで出すからゆっくりしてきなさい」
「わーっ、やったー」
一番はしゃいだのは龍田だった。
「御岳君にはみんなが順番に見舞いに行くことを話してある。すでに日程も決めてあるから、その日に行くように。2日後にさっき言った龍田君と松池君、その2日後に堀田君と高山君、といった予定だ。あまり続けていくと御岳君も疲れるだろうからね」
「分かりました」
松池が落ち着いた感じで答えた。
「でも、あくまでも目的は見舞いだということを忘れずに」
伊達は再度、龍田のほうを見て言った。ちょっと勘違いが入っていそうなはしゃぎぶりに、龍田は釘を刺されたのだ。
「はい、分かっています。でも、御岳さんが元気だってことで嬉しくて…」
「お前の場合、向こうで一泊して羽を伸ばせることで喜んでいるんじゃないのか?」
松池が冗談交じりに言った。
「そんなことはないですよ。…でもちょっとはあるかな?」
「みんな性格は分かっているからな」
松池の言葉に事務所は爆笑の渦に包まれた。御岳のガン発覚以来、久しぶりの大笑いだった。