2日後、龍田と松池はM市にいた。予定通り東京を出て、お昼過ぎに着いた。今度は伊達と違って、1泊するという余裕がある。事前に街の様子と病院の場所を伊達から聞いていたので、ゆっくり街を散策しながら行くことにした。
駅を出て、10分ほど歩くと橋があった。結構大きな川にかかっている橋だ。市内の中心街はこの橋を渡ったところにある。川付近には大きなホテルが立ち並び、今日の泊まりもその中の一つだ。龍田と松池はまず今日宿泊するホテルの場所を確認し、街並を楽しむような感じで病院に向かった。
伊達から御岳の様子を聞き、もう深刻な状況を脱しているという安心感からか、見舞いのはずが観光気分になっている。特に龍田にその傾向が強い。伊達が心配している部分だ。松池のほうは性格的に浮かれやすいタイプではないので比較的静かだが、龍田に引っ張られる可能性もある。
だが、今回の組み合わせは、松池の性格が龍田のブレーキになることを期待してのものだ。興味のある店の前ではどうしても立ち止まってしまう龍田だが、面会時間にも制限がある。そこで油を売っているわけにはいかない。面会の後に行けば済むことだ。松池はまず病院へ行こうと龍田を引っ張っていく。この組み合わせは期待通りだった。
病院に着いた2人は、御岳の病室に向かった。御岳は伊達の場合と同じように待合室で待っていたが、なかなか2人の姿が見えないので部屋に戻っていたのだ。
2人は病室に入り、ベッドに横になってる御岳を見つけた。
「御岳さん」
龍田が声をかけた。予定よりは遅かったが、今日来ることは分かっていたので、御岳は笑顔で迎えた。
「元気ですか。先生から様子を伺いましたが、本当にお元気そうで安心しました」
松池が言った。実際に顔を見て、本当に安心した感じだった。
「さっきまで下で待っていたんだけど、なかなか姿が見えないもので、部屋で寝ていたよ。わざわざどうもありがとう」
御岳がお礼を言った。しかし、遅れたのは龍田が途中で引っかかっていたせいだ。
「すみません、予定より遅れてしまって。実は信吾が初めての街なので何でもかんでも珍しがって、いくつかの店の前で引っかかっていたんですよ」
松池が説明した。松池は龍田の顔を見ながら言った。龍田はばつが悪そうな顔をしている。
「まあまあ、いいよ。信吾の性格なら分かる。ところで2人とも、M市は初めてだっけ?」
「はい、初めてです」
「そう、それなら名物の蕎麦を食べていけばいいよ」
「おいしいんですか?」
食べ物の話を聞いて、龍田の目の色が変わった。食べることには人一倍楽しみを覚える性格なのだ。
「おい、信吾。今回は観光じゃないんだよ。御岳さんのお見舞いだろう」
ちょっと不機嫌な感じで松池が言った。龍田も悪気はないのだが、元気そうな御岳に会い、また久々の解放感から、つい図に乗ってしまったのだ。
「進、その辺で良いじゃないか。俺もみんなの顔が見れて嬉しいし、暗い顔で話すより楽しい話のほうがいい。せっかく来てくれたんだから、おいしいものもしっかり食べていってよ」
3人集まれば自然に声が大きくなる。特に久しぶりに会い、経過が良好だと嬉しさもひとしおなので、どうしてもちょっとはしゃぎすぎになる。御岳は同室の患者さんに気を遣い、談話室のほうに行くことを促した。松池もつい自分たちの話に夢中になり、周囲への配慮怠っていたことに申し訳なく思った。3人は他の人たちに一礼し、病室を出て行った。
談話室ではあまり気兼ねせずに話せたので、見舞いに来たのか遊びに来たのか分からない会話が続いたが、御岳にとってはそれが嬉しかった。元気になっていくことを実感しつつある御岳にとっては、病気や治療の話よりも明るい話のほうが気分が良い。松池が心配するほど御岳は病気を気にしていないのだ。また、龍田の明るさが場を和ませている。
小一時間ほど経っただろうか、病院の夕食の時間になった。廊下では、配膳用のワゴンを看護師さんたちが押している。ここでは午後4時半くらいから配膳が始まる。普通だとまだ仕事の最中だが、病院の日常はそれとは異なる。
「いつもこの時間に夕食なんですか?」
龍田が尋ねた。
「そうだね。入院してると他にやることもないし、食べることが唯一の楽しみになる。もっとも、副作用がひどい時には食べることも苦痛だったけど、今は逆になっているよ」
まだ以前のように体力が戻っているわけではないが、気力は随分回復しているので、どんどん食べて、早く退院し、また東京でみんなと一緒に稽古をしたいという思いが、御岳の言葉の裏にあることを松池は感じていた。
「そうですか。体調が回復しているようで何よりですね。では、自分たちはこの辺で失礼します。また明日、東京に帰る前に伺います」
松池が挨拶し、談話室を後にした。