松池と龍田が帰った2日後、今度は堀田と高山が御岳の見舞いに行った。伊達たちの情報から、御岳の様子だけでなくM市の楽しみ方も聞いていた2人は、もっと観光気分が強かった。
内弟子の性格の分布を見てみると、おとなしく冷静に行動するタイプが御岳と松池で、陽気ですぐはしゃぐのが龍田と堀田だ。高山はその中間くらいに位置する。
前回の組み合わせはバランスが良かったが、今回はちょっと気を許すと本来の目的である見舞いを忘れ、観光がメインになる可能性がある。だから、伊達からしっかりと言い含められている。
もっとも、東京から離れたM市でのことだ。最終的には当人たちの意識に任せるしかないが、御岳の調子が良いだけに、変なはしゃぎ方にならないよう注意を受けていたのだ。
案の定、駅から降り立った堀田が最初に口にした言葉は、御岳の容体ではなく蕎麦屋のことだった。
「高山さん。お蕎麦屋さんに行きません?」
だが、高山は堀田を制した。
「堀田君、とりあえず蕎麦屋さんのことは後にしよう。一番の目的は御岳さんの見舞いだから、まずそっちへ行こう」
高山も蕎麦屋が気にはなっていたが、今回の目的はあくまでも見舞いだ。それが済まないことには先はない。内弟子としては堀田が先輩になるが、年齢は高山が上だ。大人としての意識がしっかり働いていた。
先発組と同様、まずホテルの確認をした。そこから病院まで徒歩で行くことにしたが、例の蕎麦屋は途中にあるので、その場所も確認した。寄り道というわけではないので、それは高山も同意してのことだ。
初めての街なので、いろいろ捜しながら歩き、ホテルから20分くらいで病院に着いた。
今回も御岳は待合室で待っていたが、前回のように遅くはならなかったので、御岳が病室に戻るようなことにはならなかった。
お互いにすぐに見つけ、挨拶した。
「元気そうですね」
「ありがとう。わざわざ遠いところまで、よく来てくれたね」
嬉しそうな顔で2人を迎えた御岳。頭髪の様子を除いては、東京にいた頃の感じになっていた。話として状況は聞いていても、実際に会うとその様子が実感できる。高山と堀田にわずかに残っていた心配も、一気に払拭された。
ここでは他の患者さんもいるからと、御岳は2人を談話室のほうに案内した。着いたらまず、高山が様子を尋ねた。
「どうですか、身体の調子は?」
「入院中はほとんど横になっているばかりだったからね。以前より体力はずいぶん落ちたよ。薬の副作用のせいだろうけれど、ふらつきがあったり、足に力が入らない感じかな。でも、内弟子として身体を鍛えていたおかげで、回復は他の人と比べて順調だと先生は言っていた。やっぱり、これまでのことがプラスに作用しているね」
その言葉にはしっかりとした力強さがあった。話を聞いた2人は、御岳の様子から内弟子復帰を信じて疑わなかった。
「ところで、慎吾や進から話は聞いた?」
「えっ? 何ですか?」
堀田が尋ねた。
「蕎麦屋さんのことだよ。この前2人が来た時、そのお店の話をしたら、病院から帰る時に探して食べてきたと言っていた。東京に帰る前にも見舞いに来てくれたけど、その時に聞いたんだ。2人も行くんでしょう?」
「はい」
堀田が明るく答えた。その表情は病気の見舞いに来た人のものではなく、単なる観光客の顔だった。
「賢は正直だね。前の2人もとても満足していたので、チャレンジしてみるといいよ。龍田君は50杯いかなかったというから、それを超えるつもりで行ったら?」
「はい、そうします」
堀田が答えた。傍らでは高山が顔をしかめた。
「堀田君、ちょっとは控えないと」
高山がたしなめた。やはり大人としての意識が働いている。
「ところで、退院はいつ頃ですか?」
高山が尋ねた。
「まだ正式に聞いたわけではないけど、そう遠くないと思う。でも、体力のことがあるのですぐに内弟子復帰は無理だけど、医者から普通の日常生活が送れる状態と言われたら、また東京に行くよ。その時はよろしく。たぶん、空手のほうはしばらく一緒にできないと思うけど、整体の勉強はできるからね」
その後、龍田たちがやってきた時の話や、東京でのことなどをいろいろ話し、1時間ほど経過した。
話が一区切りついたところで、2人は御岳の疲れを気遣って、病院を後にした。