今度は堀田のお楽しみタイムだ。高山も口にこそ出さないが、楽しみにしている。御岳が薦めてくれたこともあり、2人は病院を出る頃から蕎麦屋のことで頭の中に一杯になっていた。
「高山さん、早く行きましょうよ」
ゆっくり歩く高山に堀田は急ぐよう促した。蕎麦屋に行くことをとても楽しみにしているようだ。表情がいつになく、明るくなっている。
「お店は逃げないよ。もう少し落ち着いて、街並をゆっくり見ながらでいいじゃないか」
年の分、高山は大人の対応をした。堀田もそれに合わせ、歩調がゆっくりになった。
しばらくすると、目的の店に着いた。暖簾をくぐって店に入った。龍田と松池に聞いていた通りの雰囲気で、テーブルも7割方埋まっている。壁に張ってある色紙、ランキングの表などを確認しながらテーブルに着いた。
「よし、食べるぞ。龍田さんは50杯に届かなかったというから、まずそれを超えることが目標だ。できれば100杯超えを狙おう」
堀田は独言を言っていた。もうお見舞いのことよりも、どれだけ蕎麦を食べられるかが堀田の目標だった。
店員の人がお茶を持ってきて注文を聞いたが、もちろん2人は松池や龍田と同じ特選蕎麦セットだ。
注文後、2人は顔を見合わせ、楽しげにしている。
10分もしないうちに、注文したメニューが揃った。
「さあ、食べるぞ」
堀田が気合を入れた。高山も負けじとその言葉を返した。
2人とも順調に食が進む。
最初の頃は2人ともかなりのハイペースだったが、勢いが乱れたのは高山が先だった。やはり堀田はよく食べる。高山は松池と同じ32杯で終わった。堀田は30杯を超えてもまだ食べ続けている。龍田が記録した48という数字に近づいたが、少しペースが落ちただけでまだ食べ続けている。普通の人は30杯前後という話なので、高山や松池は並の胃袋ということになる。
しかし、堀田の場合、このペースを見ていると、やはり普通の人以上の食べっぷりだ。目標の50杯を難なくクリアした。その上でまだ食べ続けている。高山はそろそろ堀田の胃の調子が気になってきた。
「堀田君、無理しなくていいよ。もう龍田君の記録は抜いているんだから」
「大丈夫です。別に龍田さんの数字を意識しているだけじゃなく、実際、まだ入りますから」
堀田はそう言って、食べ続けた。
だが、70杯を過ぎた頃から急にペースが落ち始めた。そろそろ限界に近づいたようだ。それでも無理して食べようとする堀田に、高山はストップをかけた。無茶な食べ方をして夜中にお腹でも痛くなったら大変だ。食べ過ぎて胃が苦しい時の対処法など、まだ勉強していない。ここはそうなる前に止めておくことが上策だと考えた。
「堀田君。もういいだろう。無理すると本当にお腹壊すよ」
高山の言葉に、ようやく堀田は箸を止めた。その時の記録は79杯だった。あと1杯で80杯だったが、十分な数字だ。普通の人の倍以上食べたということで、お店からは証明書が発行された。これは50杯以上食べた人に出されるということで、実は龍田ももう少し食べることができればもらえたのだ。
「堀田君、良かったじゃないか。龍田君はもらい損なったけど、君はちゃんと証明書が出たんだ。いいお土産ができたね」
その言葉に堀田は喜んだ。高山は堀田のお腹に目をやったが、満腹らしく膨らんでいた。
「苦しくないか?」
「ちょっと苦しいです」
「それみろ。無理するからだよ。腹ごなしに、ホテルまではゆっくり街を散策していこう。たしか、地図によると近くに公園があったよね。昔、お城があったとかいう…」
そういう話をしながら、お店を出た。
ゆっくり歩いてホテルに向かううちに、堀田のお腹もだんだん楽になってきた。
ホテルに到着し、チェックインした。時間はまだ夕方なので、少し休んだら、また街に出てみようと約束して部屋に入った。