3週間後、御岳が帰ってきた。予定の1ヶ月より早かったが事前に連絡し、内弟子稽古の前に事務所に顔を出した。そのため、内弟子一同、事務所に待機していた。
事務所のドアが開き、御岳が満面の笑顔で入ってきた。
「ただいま帰りました」
御岳は大きな声で挨拶をした。
「おかえり」
みんなも満面の笑みで御岳を迎えた。そこは御岳がいなかった時間を忘れさせるような濃密な空間だった。内弟子たちはすぐに御岳の周りに集まった。握手したり、肩を抱いたりしている。嬉しさを全身で表わしているのだ。
御岳のほうを見てみると、顔色は良い。表情も明るい。入院のため帰郷した時とはまったく別人だ。しかも、ガンを乗り越えたという自信のような部分も見える。病気が御岳を一回り成長させたように感じられた。
ただ、抗ガン剤の投与は終わっているものの、副作用による抜け毛が解消されたわけではない。やっと少し生えてきているといった状態だ。これは時間を要する問題だが、やはり薄くなった頭部をそのままにしておくのは恥ずかしいのか、頭全体が隠れるようスカーフのようなものを巻いている。病院でも同じようにしていたが、それは東京に戻っても同様だった。
また入院中、なるべく動くようにしていたとはいえ、健康な人とは訳が違う。病人の中では動いていた、といった程度だ。そのため、足腰の強さが戻っているわけではない。無理もない。エネルギーを全部病気を治すほうに使っており、退院してまだ間がないため、完全回復というわけにはいかない。しかし、日常生活には支障がないと判断したため、1ヶ月を待たずして帰ってきたのだ。
「体調、どうですか?」
松池が尋ねた。みんなを代表して、現在の様子を聞いた。
「もう、大丈夫だよ。まだちょっと足下がふらつくことはあるけどね」
「じゃあ、空手の稽古はできますか?」
高山が尋ねた。3週間前、伊達から聞かされていた話の関係で、今後の内弟子継続の可否につながる。そういう意味では大切な質問だ。
「今すぐは無理だよ。体力だって戻っていない。でも徐々に回復していくと思うので…」
ちょっと悔しそうに御岳が答えた。病気そのものは大丈夫という状態だが、体力まで元通りというわけではない。そこには闘病生活の跡がしっかり残っているのだ。
「ところで、みんなどうだった? 元気でやっていた? 俺はベッドの上でもみんなのことや、ここにいた時のことをずっと考えていたよ」
今度は御岳が尋ねた。
御岳の質問に一瞬、話が止まった。そのため、会話に微妙な間ができた。龍田の一件は御岳には伝えていない。かといって隠し立てするのも妙だ、という雰囲気なのだ。ただ、帰ってきたばかりの御岳に心配をかけるわけにはいかない。ここはとりあえず伏せておき、頃合を見て話そう、という意識が内弟子たちの心の中に同時に起きた。それが変な間となって現れたのだ。
「…えぇ。元気でがんばっていました。早く御岳さんが帰ってこないかな、という話ばかりでした」
龍田が答えた。変な間のせいで御岳の表情が少し変わったが、そこにすかさず伊達が話をはさんだ。
「本来ならこれから内弟子稽古の時間だが、今日は御岳君が帰ってきたので稽古は休みにする。復帰祝いだ。外に出よう」
もともとそのつもりだったが、話の流れから龍田の話に入る可能性があったので、それを防ごうとしたのだ。話は少し落ち着いてからでも遅くはない。まずみんなで楽しい時間を過ごすことになった。
そのまま事務所を出て、行き付けの居酒屋へ足を運んだ。楽しい宴が続いたが、御岳の体調を考え、疲れないうちにということで約2時間でお開きになった。