「もう戻って1ヶ月くらいになるが、どうだい?」
「おかげさまで、整体のほうはまったく問題ありません。ただ、空手の稽古はまだちょっと…」
御岳が答えた。伊達が感じていたことと同じだ。特に空手のほうは一般部の初心者以下の体力しかない。気持ちがある分、当人にとっては辛いはずだ。
「そうか。実は私もそう見ていた。回復が早かったのは空手をやって基礎体力があったからかもしれないが、そこで培った分を全部使い果たしたような感じだからな。無理はない。でも、整体のほうは問題なくやっているね。というより、ガンになって生還した経験が、単なる技術力といったところだけでないパワーを出している。そういったことは、癒し家として大切なんだ。単に技術を覚えました、といった程度では役に立たない。特に難しいケースに対応するためには、施術する側自身が強くなくてはならない。私がいつも言っている『癒し家は太陽であれ』ということだ」
「ありがとうございます。先生からそうおっしゃっていただくと、ちょっとくすぐったい感じがしますが、とても嬉しいです」
御岳は素直に喜んだ。しかし、これはリップサービスではなく、確実に精神面で大きく変わっているのだ。同時に、心がしっかりした分、手にも余裕が出てきて、以前に比べて自信を持った技になっている。病気を克服した経験が、癒しを行なう立場に対しても大きく影響しているのだ。
例えば、ツボを押す場合、以前だったら指に迷いがあった。それは場所を特定する場合だけでなく、圧の加減や角度などでもそうだった。素人療法的な施術であれば、場所や加減、角度をあまり意識せず、単なるハウツーでも良いが、本物を目指すなら回数などの数字や形だけでなく、相手に合わせて微妙な加減をコントロールする術を身に付けなければならない。伊達はこれを「見えない技」と呼んでいるが、それを身に付けることが本物への道となる。御岳は病気を克服したことで心が強くなり、その部分を癒しの技術に転化しているのだ。
もちろん、御岳自身にはあまりその認識がない。だから、伊達からの指摘には素直に驚き、喜んだ。
「ただ…」
伊達は何か言いかけたが、口を閉じた。
御岳の心の中に、一抹の不安が生じた。