「ところで御岳君。これは話そうかどうか考えたんだが、君がいない時にあったこと、何か聞いているかい?」
伊達は御岳の様子を見て心の成長を感じ、入院中の出来事を話すことにした。
「えっ? 何ですか? 誰もそんなこと言っていませんが…。何かあったんですか?」
御岳は少し前のめりになるような感じで尋ねた。初めて聞いた話に、びっくりした様子だった。
「実は龍田君絡みでトラブルがあったんだ」
「慎吾が何かやったんですか?」
「いや、そうじゃなくて、昔の悪い仲間から誘いがあったけど、それを断ったんだ。だけどそれを根に持って、その連中がやってきた」
「喧嘩になったんですか?」
初めて聞いたことだけに、御岳の頭の中ではいろいろな想像が駆け巡った。まさか自分の留守中に、そんなことがあったとは夢にも思わなかったのだ。
「それが御法度ということは君も知っているだろう。だから相手を怖がらせて戦わずして勝つ、という方法を取った。その時はそのまま引き下がったが、実際にゴツンとやったわけではないので、納得していないかもしれない」
まだ他の内弟子には話していなかったが、龍田から聞いた黒田の性格から考えると、他の手段でもう一度やってくることもありえると伊達は考えていたのだ。
「じゃあ、また何か起こるかもしれない、ということなんですね」
「そうだ。可能性は少ないが、ゼロではないと考えている。このまま君には話さないでおこうとも思ったが、何かの時に他のメンバーから耳にすることもあるかもしれない。それでもいいが、今は君と大人としての話ができるからね。だから今、話した」
伊達は御岳を一人前として扱ったが、御岳にはそれが大変嬉しかった。
「話していただき、ありがとうございました。今伺ったことは自分のほうからは言いませんが、相談された時にはきちんと話したいと思います。先生のお考えは分かっているつもりですから、その形で話をします」
長男格として立派な返事だ。これも成長の証であると伊達は思った。
「御岳君の卒業については、近いうちにみんなを集めて発表するが、それまではいつもの通りでやってほしい。さっきも言ったが、卒業に際して君が一番求めていた整体術でまだ伝えていないところは、個人的に伝える。そのつもりで…」
「はい。分かりました」
その返事には、次にやるべきことが決まった充実感が詰まっていた。そう言えば、内弟子入門が決まった時もそうだったと、御岳は改めて入門時のことを思い出していた。