数日間、通常通りの毎日が続いた。
そんなある日、内弟子稽古の最中に、道場の入り口を叩く者がいた。それはかなり乱暴で、郵便とか宅急便の配達のようには思えない。御岳は体力的な関係から見学に回っており、稽古に参加していないため応対に出た。
「どちら様ですか?」
ドア越しに御岳が言った。本来ならドアを開けて対応するが、通常の来訪者とは明らかに雰囲気が異なる。それがドア越しにも感じられたための対応だ。
「龍田はいるか?」
自分の名前を名乗らず、いきなり人を威嚇するような感じで返事をした。ドア越しに感じたことが当たっていた。普通の訪問ならそういう態度は取らない。明らかに何かの悪意を持っていることが分かる。
その瞬間、御岳は数日前に伊達から聞いた話を思い出した。そこから、これは話にあった黒田かその仲間であることがピンときた。
「少々お待ちください」
相手がどういう者かは分かっても、最初から喧嘩腰に応対するようなことはない。そのため、一応、言葉遣いについては一般的な感じだったが、相手の態度から口調についてはやや強めになった。応対の際、ドアを開けるべきかどうか迷ったが、とりあえず伊達に報告するほうが良いと判断した。御岳は伊達のほうに行き、来訪者について報告した。
「先生。たぶん先日伺った連中だと思うますが、今、外に来ているようです。まだドアを開けて確認したわけではありませんが…」
緊張した面持ちで言った。御岳は以前のことを知らない。伊達からの話を聞いただけなので、実感が湧かなかったが、今そこに来ている連中の雰囲気から自分がいない時に起こったことをリアルに感じた。
「えっ。またあいつら来たんですか?」
最初に反応したのは龍田だった。また自分のことで伊達をはじめ、他のメンバーに迷惑をかける、ということに申し訳なく思った。
「どうしましょう」
御岳が言った。
実際にまたやってくる可能性は低いと思っていただけに、御岳の声には少し動揺した心が感じられた。伊達からその可能性を聞かされていた御岳にしてそうなので、他の内弟子にしても不意を突かれたような感じでざわついた。
「みんな、落ち着きなさい。こちらの実力は十分知っているはずだから、へたなことはできないはずだ。それでもやってきたというのは、誰か用心棒的な者を連れてきているのかもしれない。その時はその時で対処する。御岳君、ドアを開けて入れてやりなさい」
伊達は御岳に指示した。いざという時の意識はあったし、伊達は内弟子の武術家としての実力は十分信じていた。相手がいくら喧嘩慣れしていても、本物の武術を稽古している者が後れを取ることはないことを熟知していたのだ。
御岳は入り口にほうに行き、ドアを開けた。
「どうぞ」
御岳が言った。御岳は黒田たちの顔を知らないので誰がリーダーか分からなかったが、一番睨み付けている者の目をしっかり睨み返した。体力的にはまったく自信がないが、気力は負けないだけのものを持っている。
このような時、相手の雰囲気に飲まれて縮こまってしまっては、その時点で負け戦になる。御岳も伊達のもとで内弟子修業していただけに、その点は抜かりがない。敵意を持っている相手に対し、気力で負けるようなことは決してないのだ。
黒田たちは全部で5人いた。5人は土足のまま上がろうとした。
「靴を脱いでください」
御岳は黒田たちの前に立ち、強い眼力を伴って言った。もし、そこを無理に通ろうとしても、一歩も引かない意識で立ちはだかった。台詞自体は丁寧だが、黒田たちの無作法に対して毅然とした態度で臨んだのだ。御岳の全身は、無作法のままでは一歩も通さない、という気迫で溢れていた。