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解決 12

 黒田はそれでも通ろうとしたが、別の男が右手を横に出し、それを制した。

「いいじゃないか。ここは言う通りにしよう」

 5人は靴を脱ぎ、道場に入っていった。その様子から、この男が黒田が一目置く人物であることが想像できた。この時点で、このメンバーの序列がある程度読める。黒田以外に知っている顔は北島だけだ。他の3人は龍田も初めて見る顔だ。初めて遭遇する人物、その他についての情報はたくさんあったほうが戦いを優位に進めることができる。こういう部分を伊達は絶対に見逃さない。

「道場に入る時は一礼しなさい!」

 伊達がリーダー格の男に鋭い目付きで言った。声が道場中に響き、かなりの迫力だ。その男は思わず足を止め、何も言わずに頭を下げた。他のメンバーもそれに追随した。黒田たちは最初から機先を制された状態だったが、応援を連れてきた黒田はそれでも虚勢を張った。

 黒田は顔をやや斜めに上げ、内弟子たちを一通り見渡した後、威嚇するような感じで話し始めた。

「この前は随分なパフォーマンスを見せてくれたな。礼を言うよ。今日はそんな強いみなさんに紹介したい人を連れてきた。元プロボクサーの大木さんだ。スパーリングで全日本のチャンピオンをKOしたことがある。柔道4段の大塚さんは何人も病院送りにしている。フルコンの郷田さんはルールに縛られた試合より喧嘩が好きで、まだ一度も負けたことがないという人だ。お前ら、今日は逃げるなよ」

 助っ人がいるせいか、黒田はやけに威勢がいい。前回、龍田たちのパフォーマンスに恐れをなし、逃げたのは自分たちのほうなのに、何時の間にかそういうことは忘れてしまった言い方だ。思わず内弟子から笑みがこぼれた。

 伊達は黒田の口上と紹介の仕方から、リーダー格と考えられるのは郷田であることを確認した。実際、道場に入る際、黒田たちを制したのも郷田だった。

 相手のことは大体把握できたが、これは一種の道場破りだ。前回とは条件が異なる。

「何しにやってきた?」

 伊達がリーダー格の郷田に尋ねた。

「俺たちは龍田をぶちのめすのが目的だが、お前らも全員気に入らねえ。ついでにやってやるよ」

 郷田に尋ねた質問だったが、黒田が答えた。他のメンバーもその通りとばかり、薄笑いを浮かべている。黒田たちの余裕は、腕っぷしに自信がある用心棒的な存在と一緒だからだろうが、この時点ではさきほど内弟子たちから以前の自分たちの行動が笑われたことを忘れている。黒田の口上で、自分たちのほうが強い、といった思いが表に出たのであろう。

「そうか。要するに戦いたいということか。…良いだろう。今日の感じだと引く気はなさそうだしな。しかし、ここは道場だ。喧嘩をする場ではない。建て前としてはあくまでも稽古だ。だからたとえ何かあっても、一切文句を言わない、という条件でどうだ?」

「上等だ。初めっからそのつもりだよ。お前らこそ、泣き言、言うなよ」

 黒田が啖呵を切った。

「では、御岳君。事務所から誓約書を5枚持ってきてくれ」

 稽古として行なう以上、形だけは入門の形式を取らせなければならない。全員に書いてもらうため人数分の誓約書を用意させたのだ。

 伊達は誓約書を提示し、特に稽古中のトラブルについては一切文句を言わない文言を確認させ、署名と拇印を押させた。黒田と北島については、書く時少し手が震えていたが、他の3人は普通に書いていた。このことと誓約書を書く時の様子から、実際に戦うのはさきほど口上の中に出てきた3名であることが分かった。

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