試合開始の合図にも大木は礼をしない。高山を睨んだまま、不敵な態度で立ったままだった。それでも高山は一礼し、試合に臨んだ。
大塚のことが頭にあるのか、大木はフットワークを使い、左ジャブで牽制し、高山が間合いに入りにくいような状況を作っている。時折大きく踏み込み、右のストレートを出す。まだ相手の力量を探るための動きなので、コンビネーションも途中で止めるような状態だ。だから、きちんと当たるということはない。
高山はその間、相手の動きを観察している。自ら攻撃を仕掛けるというより、相手の癖を見抜こうとしているのだ。
実は高山は大学時代、ボクシングと他流試合をしたことがあった。その時の経験を今回に活かすつもりなのだ。
高山が在籍していた大学は運動部の活動が盛んで、各種の大学選手権では優秀な成績をおさめている部が多かった。高山の空手道部もそうだが、ボクシング部も大学の全国大会で優勝したことがある名門だった。高山がいた頃は、大学ボクシング界の四天王と言われた成瀬がキャプテンをしており、個人的にも交流があった。
血の気の多かった2人はある日、空手とボクシングのどちらが強いか、ということで試合をした。もちろん、両者にはいろいろ違いがあるため、それをどうカバーして行うかがポイントだったが、お互いに勉強になるということもあり、2種類のパターンでやろう、ということになった。
最初は空手の足技を封じ、手だけで戦うということだったが、手だけであればボクシングに一日の長がある。ルールも基本的にはボクシングルールで、リングの中で行うことになった。慣れないグローブを着けての動きは高山には圧倒的に不利で、空手道の突きが当たっても効果がない。グローブに威力を殺されてしまうのだ。かたや成瀬の場合、グローブの活かし方を知っている。グローブを着けた上での威力のあるパンチの出し方を、身体に染み込ませているのだ。そのため、高山は自身の動きを完全に封じられ、また攻撃しても読み切られてしまい、ほとんど有効打を放てず、KOされた。