キョトンとした彼女の顔が、みるみる真っ赤に色づいていく。
とても、かわいい。
普段は落ち着いている彼女が見せる、色彩の変化が僕は好きだ。
その変化を引き起こさせているのが、僕だというのがまたいい。
彼女の脳内ではいま、興奮作用を引き起こす神経伝達物質ノルアドレナリンが強制的に分泌されている状態だろう。
悪くない、すごくいい、ゾクゾクする。
僕の言葉で、もっともっと興奮して欲しいと思うのは、僕のエゴなのかな。
彼女の赤面状態をうっとりと鑑賞していると、
「こら、キリシマ! ミナミを困らせないでよ!」
うるさい。耳障りなキンキン声が頭に響く。
「黙って、水沢さん。知っているかい。キミの声は僕にとって、不協和音でしかない。僕はいま集中したい。東山さんのナノコンマ単位の動きをジッと観察していたいんだ。邪魔しないでくれ」
「 ―― ナノコンマ? それ知らないんだけど」
「それはキミが、相当な馬鹿だからだ」
「黙れ、変態。ミナミの彼氏だからって何をしてもいいわけじゃないんだからね」
「僕が東山さんに対してすることに、キミに許可を求めるつもりはない。それから、変態というのは、僕という個体の状態を指しているのか? それなら当たり前だ。僕は東山さんといるときは常にフェネチルアミンが大量分泌されているから、興奮系ホルモンであるドーパミンの刺激を受けている。だから僕は、心情的に彼女への好意はつのる一方だし、肉体的には性的欲求―― 」
「アルキメデス! スト ―― プッ!」
彼女の声に、僕の口はピタリと止まる。
「わかったよ」
このように、彼女が「止まれ」と云えば、すぐに止まれることは立証されている。
その後、僕たちは、シーフードと明太子餅チーズとマルガリータの三枚を注文することに決めた。
「食べてから、まだお腹が空いていたら、もう一枚頼もうね」
彼女の声に頷いていると、
「ミナミちゃん、いらっしゃい。これも使っていいよ」
オーダーをとりにきたのは、彼女の兄の友人だという男。
デーブルまでやってきて、無料券をもう一枚、彼女に手渡した。
「あっ、こんにちは、
長くて珍妙な名だ。慣れ慣れしくいのも腹が立つ。
塩窯男はさらに馴れ馴れしさを加速させると、
「そういえば、アズマのヤツは今どこにいるの?」
彼女と会話をはじめた。
「兄貴はいま、スペインで祭りに参加しているようです」
「もしかしてトマト祭りか?」
「おそらく」
「前から参加したいとは云ってたけど、マジで行ったのかよ。すげえな、アズマ。で、その兄貴はいつ帰ってくるの?」
「夏休みが終わって、大学がはじまる頃には戻ってくると思うんですけどね」
悲しいことに、僕は知らなかった。彼女に兄がいることは知っていたけれど、名前が「アズマ」なんだと、お祭り好きなんだと、僕はいまはじめて知った。
オーダーをとって男が去ったあと、彼女が改めて教えてくれる。
彼女の兄は「東」と書いて「アズマ」と読むらしく、苗字からつづけて書くと、「東山東」となる。
微妙だ。
「うちの両親の名付けセンスはゼロだからなあ。無いとは思うけど、もし弟か妹が生まれたら、まちがいなく北か西の2択だよ。」
苦笑する彼女に、水沢さんがゲラゲラと下品に笑いかける。
「ミナミは『 南 』で本当に良かったよね。東西南北の中じゃ、1番カワイイよ」
その意見には、おおむね同意する。
ピザを食べている途中、またあの男がやってきて、
「はい、アンケート用紙。ミナミちゃん、代表で記入してよ」
また、馴れ馴れしくペラペラの紙を渡してきた。
「いいですよ。あれ、この1番下は?」
素早くペンを走らせていた彼女の右手がとまる。
「ああそれ、ミステリー好きの店長が考えた暗号問題の挑戦券だよ」
「10秒以内に解けたら……アルキメデスみて、次回から使えるMサイズ5枚分の無料券プレゼントだって!」
彼女はそう云って、僕にアンケート用紙を渡してきた。
男が云うとおり、アンケート用紙の1番下にはキリトリ線があり、こんな言葉が並んでいた。
ーーーーー ✂キリトリ✂ ーーーーー
★ 挑戦券 ★
挑戦者求ム!! 制限時間10秒!!
数字の暗号を解いて、
店長の好きな『数字』と『趣味』を当てよう。
(挑戦者名)
────────────────
塩釜男はストップウォッチをブラブラさせながら、僕を見た。
「おっ、挑戦するのは少年か?」
少し膨らんだデニムシャツの胸ポケットを叩く。
「ここに暗号を書いたカードがある。でも、制限時間内に解けなかった場合は、今日利用した分の無料券は無効になるよ。全額お支払い。だから、無理しない方がいい。それに正直オススメできないよ。この暗号めちゃくちゃ難しいらしくて、今のところ、挑戦者全滅という店長自慢の――」
ペラペラと塩釜が話している間に、彼女からペンを受け取って、僕はサインをした。
挑戦券をビリッと破り、男に差し出す。
「どんな暗号か知らないけど、素人の暗号を解くのに10秒もいらない。5秒でいい。そのかわり、正解したならMサイズ10枚分の無料券だ」