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第4話 暗号



 僕の挑発に、男は大きく息を飲んだものの、


「よ、よお~し、俺も男だっ! その条件、のんでやる!」


 店長らしき存在に確認もせず、「正解なら10枚だ!」と勢いのまま、あっさり了承した。


 彼は後先考えずに、「とりあえずやってみよう」とするタイプなのだろう。じつに、浅はかだ。


 僕と塩釜のやりとりを見ていた観音寺は、財布から1万円を取り出すとテーブルに置いた。


「もし変人君が負けたら、今日の支払いはコレで」


「おっ、ハルくん、太っ腹!」


 水沢さんの御囃子に、観音寺の顔が「エヘヘ~~~」と気味悪くユルんだところで、男は胸ポケットから名刺サイズのカードを出して、テーブルに置いた。


 カードの表面には、四葉のクローバーと『 Good Luck! 』の文字。


 それを見て、鼻で笑ってしまう。


 暗号の解読に、幸運なんてないんだけどな。


 男はストップウォッチを片手に説明をはじめた。


「そのカードの裏面に暗号問題がある。暗号を解いて店長の好きな数字を答え、それに関連する店長の趣味を10秒以内に答えること。そのカードに触れた瞬間からカウントがはじまるから準備ができたら――」


 ペラペラ塩釜男の説明が終わるより早く、僕はカードを裏返した。



♧ 暗号コード ♧



2.7432 / 0.9144

4.8279 / 1.6093




 ―― カウントから3秒後


 僕は答えた。


「好きな数字は3、趣味はゴルフ」


 これが、暗号? あまりに簡単すぎて、拍子抜けした。


「変人君、これってどんな暗号なんだい?」


 観音寺が訊いてきた。


「暗号でもなんでもない。見ればわかるだろう。ただの距離換算だ」


「距離換算?」


 彼女が首をかしげたので、今度は丁寧に説明する。


「1行目だけど、スラッシュ以下の数字はヤード法の換算式なんだ。そして、スラッシュ前の数字はメートル法にした場合の数字。つまり、2.7432mから0.9144を割り算することで、3ヤードと計算できる」


「へえ~」


 水沢さんが判ったような判らないような顔で頷くと「じゃあ、2つ目のコードは?」と、訊いてくる。


 自分で考える気はまったくないようだ。


「1.6093これはマイルの換算式で、4.8279はkm単位だから、1つ目と同じように換算すると3マイルになる」


 塩釜の顔が青くなってきた。


「3ヤードと3マイル。2つのコードの共通する数値から好きな数字は『3』だとわかる。そして両方ともヤード・ポンド法における長さの単位であることから、関連する趣味はしぼられてくる」


 僕の推測では、ヨットやセスナを趣味にする人はそう多くないから、この手の問題には不向きだろう。そうなると残るは、あれぐらい。


「ヤード・ポンド法に関連する手軽な趣味といえば、消去法でゴルフしかない」


 僕の答えに、彼女が手をたたいて喜ぶ。


「アルキメデスって、暗算はやいねえ。わたしなら電卓がないと絶対無理だよ」


「そんなことないよ」と云いつつ、彼女に褒められた僕の心は、ほんわかしてくる。


 彼女が喜んでくれるなら、僕は摂氏を華氏に、シーベルトをレムに、テスラをガンマにだって、即座に換算してみせるだろう。


「アルキメデスがいてくれたら、割り勘の計算もすぐ出来ていいね」


「うん、いつでも云って」


 彼女と僕が見つめ合っている間に、物欲主義者の水沢さんは正解を確認する。


「お兄さん、それで答えは? 正解なの?」


 ストップウォッチを握り締めた塩釜の手が震えている。


「せ、せ、正解です……」


 そして、口も震わせながら、がっくりと床に膝をついた。


「嗚呼……店長に確認すれば良かった。バイト代から差っ引かれるかも~~~! 俺のバカ、バカ、バカ!」


 浅はかな塩釜は、今ごろ後悔し、泣き言を吐いた。


 哀れな男を見兼ねた観音寺が、出さなくてもいい助け舟をだす。


「ええっと、お兄さん。大丈夫、お給料から差し引かれないように、僕から店長に云っておくから」


「へっ?」


 ポカンとする男に、観音寺は云った。


「この店の店長を雇っているのは僕だから。じつは僕、この店のオーナー」


「えええええっ!」


 バイト男よりも先に驚きの声をあげたのは、水沢さんと彼女だ。


「ここって、ハルノブのお店なの?」


「ハルくん、いつの間に商売なんかしてんのよ!」


「いや~、僕の店というか~ 出資をしたというか~」


 うしろ頭を掻く大馬鹿者を見て、僕は思う。


 どうりで、外観、内装、BGMに統一性がないわけだ。


 こんなチグハグな店に出資するのは、外観は剛鉄、内装はロココ調、裏庭にはガラスのピラミッドという『戦艦の館』に平気で住んでいるこの男ぐらいだろう。


「ありがとうございましたあっ!」


 約束どおりMサイズの無料券を10枚もらい、元気になった塩釜に見送られて、僕たちはピザ屋から出た。


 観音寺と水沢さんは、迎えに来た観音寺家の車に乗って帰ると云い、僕と彼女は手をつないで歩いて帰ることにした。


 お邪魔虫カップルに、


「東山さんと変人君も乗っていきなよ」


「ミナミだけでも乗って帰ろうよ。陸上部の練習で疲れているでしょ」


 大迷惑なことを何度も云われたが、僕は断固拒否。


 これ以上、彼女との時間をつぶされたくない。


 彼女が疲れているというなら、僕が背負ってもいい。ぜひ、そうしたい。


 無理やりお邪魔虫カップルを迎えの車に押し込め、観音寺家の凄腕ドライバーである清水さんに詰め寄る。


「このお邪魔虫たちを連れて、さっさと行ってください」


 そして、ようやく。


 彼女との至福の時間を、僕は再開することができた。



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