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第27話 異世界

 200年前の魔女ツバサ・サワノの復活は、数日後に軍によって発表され、大いにネットを賑わせた。

 しかし、魔王大戦に関する部分は、情報の扱いに慎重を期する必要があるとされ、伏せられた。

 そのため、ツバサという人物の情報は「200年前に石化した人間」という部分だけが全てで、それだけの長期間の石化を解除することができた、という技術部分のみがインパクトを放つ形になった。


「インターネットが構築されてるのね、現代のこの世界は」

「インターネット?」

 ツバサの言葉に首を傾げるヒューガ。

 苦笑いをしてルティが割って入る。

「そういう専門用語があるのよー。……異世界にはツバサちゃんたちがこっち来る時点でもうあったのよねー、確か」

「マジかよ」

 ヒューガは驚く。

 つまり、「異世界」は、ヒューガたちの世界よりずっと進んでいたということで。

 ……なんとなく、ヒューガは「別の世界」があったとしても、きっと魔力などのルールが違うだけで、文化的には自分たちと同等か、それ以下のはずだ、と思っていたところはある。

「なんでそういうの知ってるの、あなた」

「んふー。これでもエルフの大賢者とか呼ばれる超あたまいい人なんですー」

「それでも、あの戦いで使い物になる『私たちの世界』の人間は全員投入されて、ほぼ死んだはずよ。情報はそんなに残る余地はなかったはず」

「使い物に人間がそこそこいた。つまり、そういうことでしょー?」

 やり取りの意味がよくわからないヒューガは、目でルティに説明を求める。

 ルティは頷き。

「異世界人は平均的に魔力量が高い……というか、こっちではほぼ母子死亡になるレベルの魔力容量を持っていても、難なく生まれることができるのよー。世界そのものに魔力循環系が存在しないからだって推測されてるけどー。で、こっちに喚んで初めてその魔力容量が機能するわけなんだけどー……平均的に高いからって、全員本当に高いわけじゃないわけよー」

「うん……うん?」

 魔力とは「願望を叶える」力。

 それの保持力が異常に高いと、胎児段階で母体に対し「わがまま」をしすぎる。魔力そのものや栄養を過剰に奪って母体を殺してしまったり、安楽な胎児としての生を捨てたくないがために出産を拒絶したり。

 いくら胎児の魔力が高いといっても、所詮は胎児なので、母体が死んで本人だけで生き残ることは、まずできない。

 だから現代では、胎児が過剰な魔力を持てないようにする初期魔術処置が当然とされていて、それゆえにまともな生まれ方をした一般人の持てる魔力はたかがしれている。

 だが異世界というのは、魔力のない世界であるがゆえにことがない。

 だからこそ、その住人を召喚することが流行した。

 ……が、異世界人全員がほどの才能を持っているのかというと、話が違う。

 召喚は特に個人を選んでいるわけではない。まだ使ったことすらない魔力の才能が本当に高いかどうかなんて、わかるわけもない。

 当然、この世界の一般人と大差ない、あるいはそれ以下の者だって、時には喚ばれてしまうこともある。

「今となっては異世界人を召喚するのは禁術……というか、喚んだら『魔王』になる可能性がそこそこある召喚術なんて、自殺願望でもなきゃ使うバカいないけどー。それ以前は召喚は禁止されてなかったわけだからー、バルディッシュ帝室以外でも召喚されてた可能性は結構あるしー。……バルディッシュの連中もいざ喚んでみて、そこらの一般兵と大差ないような人材が出ちゃったら、本当どうでもよく扱ってたと思うのよー。帰すわけでも殺すわけでもなく、ポイ☆ってねー」

「そんなもんか……?」

「だって喚ぶのはともかく、それを元の世界の元の場所にターゲットして送るのは転位魔術どころじゃない精度と魔力量が必要になるしー。使える魔力に限度がある以上、それをやるぐらいなら次の召喚をやる方が圧倒的に有意義でしょー。……で、喚んだばかりで右も左もわからない、特に秘密を握ってるわけでもない異世界人を『才能ないから』でいちいち殺して処理するのは、先に喚んだ他の異世界人から反感を買う恐れが強い。ただでさえ『強いから』喚んだ相手のお仲間に、わざわざ非道を働いてみせるなんて、頭おかしくなきゃできないでしょー?」

 言われてみるとそうか、と思う。

「なら、戦いには使えないと判断されて適当に放置された異世界人は、相当数いたはずよねー。……そういうヒトがブーストかけた結果でこういう社会になったんじゃないかなー?」

「……つまり、200年前に来た連中が、その当時の異世界に近づけようとした結果……ツバサ……さんの知ってる『インターネット』みたいな仕組みになったってわけか」

「ツバサでいいわ。……私もヒューガと呼ぶ。で、いい?」

「……わ、わかった」

 数日の間に、髪だけでなくだいぶ荒れていた肌も綺麗になったツバサ。

 その姿は、見違えるような……まさにあの石像で受けた神秘的な印象を備えながら生気を取り戻した、まさに御伽噺の住人のような美女になっていた。

 腰までの艶やかな黒髪。初対面時は顔の皮膚にまだ石化の影響があったのか、柔らかさと鋭さを取り戻した目元。

 数日前より目に見えて姿勢も良くなり、断続的にルティが施している回復魔術の効果が目に見える。

 一度石化した人間の肉体は、機能が戻ってもしばらくは細かい部分に影響が残るのだそうだ。筋肉や臓器を動かしながら期間をかけてケアしないと、十全には回復しない、らしい。全てはルティの言だが。

 それでも、日を追うごとに目に見えて美しさを増す年上美女に、ヒューガの視線は不審に泳ぎっぱなしである。

 そんなヒューガの様子を面白がりながら、ルティは続ける。

「魔力が低くて戦闘には役に立たなくても、彼らの記憶にある異世界の文明は随分進んでたらしいからねー。簡単な生活の知恵から複雑な電気系の機械技術まで、異世界から持ち込まれたと思われる技術は魔王大戦後に各地で一斉に花開いたわー。……それが原因で起きたともいえる戦乱もあるけど、まー結局のところ、今の世界は200年前からこういう社会を志向してたといえるんじゃないかしらー」

「……なんか複雑だな、それは」

 ヒューガは腕組みして唸る。

 つまり、今のこの世界は「異世界文明のデッドコピー」ともいえるわけで。

 数々の災厄に見舞われながらも、多くの発明と不屈の闘志、そして異種族間の団結によって乗り越えてきた……という史観を学校で習っている身としては、その裏にはとっくに異世界に手本があって、ただその真似をするのに時間がかかったに過ぎない……というのは、なかなか素直に感心できない事実だった。

「別に、全てが私たちの世界の通りでもないわ。ネットやスマホがあったのはその通りだけど」

 ツバサは上を見上げる。


 そこにはいつものように、黒い人型兵器が立ち尽くしている。

 ヒューガやルティにとっては何の変哲もない日常の背景。

 だが、ツバサにとっては異様な存在。

「巨大ロボットは、私たちの世界では空想だった。……それどころじゃない、『有り得ない兵器』の代表格みたいなものだったわ」

「向こうでは何使って戦ってるんだ?」

「履帯……鉄のベルトを履いた大砲つきの車とか、爆弾を抱えた飛行機とか。あと、大砲を乗せた船も、かな」

「人間同士の戦争ならそれいいかもねー。あんまり障域では役に立ちそうにないけど」

「障域?」

「魔力生産に特化した巨大モンスターが今の人類の主敵だからねー。莫大な魔力による空間支配効果で、地域ごと雲みたいに覆っちゃうのよー。その中にいる限り位置が見えないし通信できないし、接近し過ぎると魔力のゴリ押しで制御持っていかれるし、で、鋼像機こういうのじゃないとまともに勝負になんないのよー」

「ふぅん……そういうことね」

「それよりなんで車にベルト履かせるんだ? 何の意味があるんだ、それ」

「詳しいところはよく知らない。多分、何か意味はあったんだと思うけど。私が召喚されたのって14歳の時だから、そんなに雑学は……」


 毎日、話すたびに綺麗になっていく。

 物理的に。そして、ヒューガやルティに少しずつ信頼を向けるたびに、表情が柔らかくなり、声に感情が戻ってくる。

 そんな美女にヒューガが内心舞い上がるのを、リューガは苦々しい声音で戒める。

(お前……ジュリの空中都市入り、忘れとらんか? もう明後日じゃぞ)

(べ、別に忘れてはいねえよ。でも今更あいつらに言えることないだろ?)

(暇じゃから一度くらいは付き合っても……なんて思ってたじゃろ)

(だけどそれは……)

(我はジュリの方を大事にすべきじゃと思うがなー)

 リューガはさほどツバサに興味が湧かないらしい。

 ヒューガにしてみれば不思議としか言いようがない。

 こんな美女が、しかも見るたびに美しくなっていくのだ。惹かれない方がどうかしていないか。

(ジュリがあんなに懐いてくるのを差し置いて、ポッと出のよくわからん女に入れ上げるのって、油断と慢心と無謀の欲張りセットじゃと思うがなー)

(無謀はともかく他の二つ何だよ!?)

(ジュリの好意を失いたくないとか女々しいこと言っとったくせに。……化け物バレさえしなければ、ジュリと今の関係続くもんと思っとらんか? 他の女にデレデレしとる姿は化け物よりよほど女ウケ悪いんじゃぞ)

(……で、デレデレしてるわけじゃないだろ、まだ)

(まだとか言っとる時点でのう……)


 ヒューガの内部でどんな言い合いが発生しているかなんて、もちろんツバサにはわかるわけもなく。

 ただ、時々言葉を切って難しい表情をするヒューガを不思議そうな目で見つめ……その表情に、ヒューガはまたときめくのだった。

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