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第28話 魔女、再臨

 結果としては、ヒューガはジュリエットたちを放置していたことを後悔することになった。

 特に誰かが大怪我したとか死んだとかではない。

 単にツバサがジュリエットたちと同じ飛行船の便で空中都市に上がることになり、ヒューガはそれを当日まで知らなかったために、席がなく地上に残るハメになったのだ。


「ちぇっ……」

「どうせ、ついてっても何ができるわけでもないでしょー、ヒューちゃんは。軽々しく変身するわけにいかないんだしー」

「そうだけどさ」

 ツバサがあまり注目されていなかったのは「200年物の石化者」という、ある種の標本めいた物珍しさしか認識されていなかったためだが、軍がそれしか情報を公開しなかったのは、ツバサの脳が正常であるかどうかに確信がなかったためだ。

 石化者には、まあまあの確率でその異常が有り得る。

 喋ることが全部デタラメだったり、あるいは語ろうにも失語症のような状態になっていたり。脳まで石になるのだから、戻る過程でどんな損傷でも有り得てしまう。

 が、復活から数日間置いての軍医による問診の結果、その点には心配がないことが確認された。

 また、「他の場所で石化され、空中都市にコレクションされていた無関係の人物」などという混乱パターンでもないことを確かめ、ようやく「空中都市を調査するうえでの重要情報源」と確信するに至った。それが昨日。

 そして、重要情報源と認めたからには、役に立ってもらうためにも最優先で空中都市に上げなくてはならない。わずかに確保されていた予備席を使い、軍人による護衛を伴った上で彼女はすぐに移動することになり……ヒューガは誘ってくれたクライスにズルズルと返事をせずにいたために、今さら乗れるはずもなく、両方から置き去りにされる形になってしまったのだった。

 ジュリエットたちへの同行は、慎重に考えなくてはいけなかったことも事実ではある。

 ヒューガがハンターの真似事をするのをルティは咎めはしないだろうが、それはヘルブレイズのパイロットとしての活動を妨げない範囲の話だ。

 ヘルブレイズが動くべき時に動けなければ、怒られる程度では話は済まない。

 今は地上の巨大モンスターはノーザンファイヴ近郊で確認されなくなっているが、あくまで今は、の話。巨大モンスターのスケールの大きい移動能力を考えれば、一日で数百キロ先から迷い出てきてもおかしいことはない。

 ……だから、グズグズと参加を迷うのは当然なのだ、とヒューガは思いたいのだが、例によって脳内で呆れた調子のリューガがつつく。

(単にあの女ツバサに見惚れてフニャフニャしとっただけじゃろうが。後付けで大義名分を自分の背中に貼るなアホウ)

(う、うるせえ)

(どっちにしても惨めな留守番じゃ。自分が「少しでもまともな判断をした」とかつまらんプライドにしがみつくのは男が小さいぞ)

 事実を言われているのは重々分かっている。

 それでも、少しくらいは気休めの理屈を持っていてもいいんじゃないか、と思う。

 ……そんな、何重にも自分自身のせいで不機嫌なヒューガをニヤニヤ眺めながら、ルティはタブレットと低機能ゴーレムを駆使してヘルブレイズを再調整する。

 なんだかんだと小間使いさせられたおかげで、予想外の形でデータが集まっている。両手に不規則な荷重を抱えた状態で、高空の風に晒される空中都市に幾度も離着陸するという挙動は、見方を変えればヘルブレイズのバランサーへの経験値として素晴らしいものであったといえた。

「ま、そのうちチャンスはあるわよー♥ 腐るな少年、青春は諦めない奴が勝つのよー♥」

「な、何の話だよっ!」

「んー? また空中都市探検したいんでしょー?」

「…………」

 絶対にツバサばかり見ているヒューガの様子に気付いているはずなのに、突っ張ろうとするとハシゴを外してくるルティ。性格が悪い。

 なんとも言えない顔をしながらヒューガは配信に視線を戻す。


 見ているのは主にクライスが行っている配信だ。たまにリステルなどがカメラを渡されることもあるが、基本はクライスが味方の背中を映す形で撮り続けている。

 とにかくアクションが派手で容姿の華やかなジュリエットの人気が高いが、最近ではリステルやラダンにも固定ファンがついているようで、カメラが向くとワッとコメントが入る。

【最近リステルちゃんの良さがわかってきた】

【遅すぎんだろ】

【ハンターに優しいギャル概念の結晶じゃん。最初から無敵じゃん】

【ラダン君の後輩ムーブからしか得られない栄養がある】

【もっと喋って!もっと話しかけて!】

【そろそろお歌とか歌わないの?】

【今言う事じゃねえだろそれ】

 最初はジュリエットのワンマンチームのような人気の出方だったが、極めてパーティの仲が良好で、ジュリエット以外も個性的で見栄えのするメンバーが多いため、引っ張られる感じで他のメンバーの人気も広がっている。

 どうもクライス自身もたまに映ると喜ばれているようだ。ルックスが中性的、というかどちらかというと女の子寄りだからか。

(クライスの変な腹黒さとか、配信なんかじゃ出ないもんなあ)

(まあ、あれはあれでキャラ立っとるから好きなお姉さまとか居るんではないか)

(……ないとは言い切れないな)

 ただのイケメンより、ちょっと陰のあるイケメン、粗暴そうな雰囲気のあるイケメンの方が黄色い声は大きい。

 クライスも、そういうスパイス要素の効いた美少年……と言おうと思えば言えないこともない。

 で。


『……で、この人が噂の200年前のお姉さんで、ツバサさんだそうでーす……あ、すみません今配信とかやってるんで、お構いなく、はい』

 クライスが画角に入れたのは、まさに気にしていたツバサ。

『配信……そういうのまであるんだ』

『あれ、ツバサさんって200年前の人でしたよね? 配信って言って分かります?』

『……一応、ね。でも、こういう鉄火場で動画撮りながら進むっていろいろ無理がない? 何が出てくるかわからないんだし』

『これもこれで結構役立つ役目なんで……自動的にみんなを俯瞰することにもなるんで、状況的な取りこぼしも減らせるし、功績とかの証拠にもなりますし』

『……人のやり方にケチつけるほど今の環境とか知らないから、これ以上は言わないけど。この「要塞」、別に安全じゃないからね』

 クライスを純粋に心配するような顔をして覗き込むツバサ。

 わけもなくヒューガはざわざわと気持ちが毛羽立つ。

 ……いや、わけもなく、ではないか。

(あの女がクライスに顔近づけるのがそんなにイラつくか。重症じゃのう)

(うるせえってば……)

(言っとくがお前、ここであの女と喋っとる時、すげえつまらん受け答えしとるからな? 自分だけにあんな顔して欲しいとか色気づいたこと言うでないぞ、単にあの女の通常リアクションの範囲じゃ。初対面のクライスとお前は大して好感度変わらんという事実が暴かれとるだけじゃぞ)

(マジでお前脳味噌の中だからって言いたい放題言うんじゃねえよ?)

 目の前にいたら裏拳叩き込みたい。

 そして配信の視聴者もツバサの美貌に反応が増えている。ますますなんだか嫌な気分が増幅するヒューガ。

 自分も行けていたら、という気持ちが強くなる。


 その時。

 画面の向こうから破壊音が聞こえてきた。


「っ!?」

 思わず立ち上がるヒューガ。

 探索ライブ配信。音響関係は素人仕事なので貧弱だ。

 破壊音というより、何かマイクの許容上限いっぱいのゴバァアッというノイズが入ったようにしか聞こえなかったが、慌てて振れた視界から緊急事態ということは伝わってくる。

「なんかあったー?」

 ルティが低機能ゴーレムの肩の上から振り返る。

「何が起きたかはまだ……くそ、敵がいるのか、あそこって!?」

「いるかもねー。想定内でしょ、そんなことー」

 血相を変えて慌てるヒューガの様子に、やれやれといった顔で肩をすくめて作業に戻るルティ。

 まるで気にした様子ではない。

「ルティ!?」

「だーいじょぶよー。……だって」


「あの子、『異世界召喚』で、に採用された子よー? 属性銃も限定魔剣もない時代に戦ってた子が、たかが番兵に後れを取るはずないでしょー♥」


 ルティの方から視線を切って画面に戻す。

 慌てたクライスがようやく爆音の根源の方にカメラを向けて……そこではヘビの胴と人の上半身を持つ銅像……に似た守護者ガーディアンが、極太の抉れ穴をいくつも空けられて崩れ落ちるところだった。

 ジュリエットの仕業……では、ない。

 連発の利かない属性銃では、せいぜいダメージ痕は一個。

 何より、当のジュリエットはラダンに咄嗟に庇われて攻撃態勢を取れなくなっている。

 やったのは……見惚れるような美しい姿勢で、古いワンドを差し伸ばしているツバサに他ならなかった。


『な、何が……』

 呟くクライスの声に、ツバサが背中を向けたまま答える。

『うん。200年前のやり方でいいなら、私もやれる。……ちょっと派手だけど、許してね』


【つっよ】

【何どういうこと?】

【魔術だよ。アナログの魔術】

【何あのえぐれ方、ビームでも撃ったの】

【それだと奥の壁吹っ飛んでるはずだから、小規模虚空崩壊……かなあ?】

【適当言ってんだろそれ狙って制御できるもんじゃねーぞ】

【やってんじゃねーか!】

【だからあれ違うって、転位を応用した奴の方がまだしも……】

【そんなん攻撃に使って魔力足りるわけある?】


 ツバサの鮮烈な「デビュー戦」は、瞬く間にノーザンファイヴの枠を超えて広がっていき。

 それとともに「異世界召喚された魔女」という恐るべき戦力への再認識もまた、進む。

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