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第29話 ドローンの価値

 クライスの配信では、学生ハンターパーティの空中都市生活が赤裸々に映し出されている。

 もちろん性的な意味できわどい部分は出てこないが、どんな宿営でどんな食事で、どんなスケジュールで都市を探査するのか……そういった部分が臨場感たっぷりに伝わってくる。

 限られた機材と時間でそういった編集映像を作れるようになったクライスの成長に驚くとともに、朝、眠そうなジュリエットとその面倒を見ているリステルの仲睦まじい姿や、半裸でトレーニングに励むラダンとジェフリーのデコボココンビ、あるいは彼らが少年らしくふざけ合う姿をどこか眩しそうに見るツバサ……そういった、いかにも「今を楽しんでいる」光景に、ヒューガは改めて「自分も行きたかった」という思いを強くしている。


 が。

「ハンターをに向けすぎて、地上の情報が乏しくなってるわねー……」

「わかってたことだろ」

 ヒューガたちには新しい問題が発生していた。

 索敵要員不足。

 今やほとんどのハンターは地上での小銭稼ぎハンティングをやめ、空中都市に乗り込んでの探索に備えている。

 移動は飛行船のみであり、また生活物資面での都合上、一度に滞在できる人数に制限もあるため、順番待ちが長いのだが、日当保証+発見物はごく一部を除いて丸渡しという思い切った報酬設定により、行って損のない大チャンスとして認識されている。

 無論、それは軍当局が人手を確保するため、諸々承知の上で打ち出した方針なので思惑通りなのだが、ハンターたちがほとんどノーザンファイヴ周辺地域を哨戒しなくなってしまったのは問題であった。

 ノーザンファイヴ至近にあった濃い障域は解消されたが、中型・小型モンスターが近所から完全に一掃されたわけでないため、時間とともに彼らが縄張りを押し出し合って移動し、視界の利かない霞んだ魔力領域はまた広がり始めている。

 それをハンターが間引いて逐一濃度を下げ、強力なモンスターの出現兆候を察知できる状態を保つのが理想的なのだが、なされていない。

 日に日に見通しの悪い地域が多くなり、その向こう側に何がいるのか断言できなくなっている。

「このままだと突然街の近くに災害級ディザスターが出てきてもおかしくないわよねー。……そっちの偵察要員もなんとか捻出できるように施策打ってもらえないもんかしらねー」

「一番簡単なのは鋼像機ヴァンガードで直接パトロールさせてもらうことなんだけどな」

「全くその通りなんだけどねー……あンのチキン軍人どもがそんなの許すわけないからねー」

 あくまで鋼像機ヴァンガードの戦力は、必要に迫られなければ出すまい、というのが軍上層部の考えなのは変わらない。

 それこそ偵察などの適当な理由で鋼像機ヴァンガードを持ち去られ、クーデターに使われる……というシナリオが一番怖い、ということだろう。

 しかし、斥候であるハンターがいなければ、その「必要」自体があるかどうかもわからない。

「空中都市にはさっさと鋼像機ヴァンガードを出す判断するあたり、前例主義で寝ボケてるってわけでもなさそうなんだけどな」

「ひとくちに上層部ったっていろんな奴がいるのよー。空中都市調査には『損をする奴』がいなかったってことでしょうねー。あいつら、損というか責任とらされるリスクには敏感なのよー」

「……ノーザンファイヴ自体のピンチは損のうちには入らないってのか」

「ま、極端に言っちゃえばそういうことよねー。損は損でも『仕方のない損』だからいいんだっていう考え方ー。災害級ディザスターっていう不確定要素で被害が出るのは、軍の誰かが責任感じる必要はないけどー……鋼像機ヴァンガードをゆるく運用したのが原因のテロ行為がもし起きたら、誰が悪いってのは奴らの中で必ず決めなきゃいけないのよー」

「生臭くて嫌になるな……」

 理屈はわかる。

 もしもモンスターに家族や大切な人が殺されたとしても、それはある種の天災だ。恨む相手もそうそう広がるものではない。

 しかし鋼像機ヴァンガードに殺されたとなれば、どうしようもないことだ、と話を終わらせるわけにはいかない。その鋼像機ヴァンガードを使って暴れた人間も、その背後で暴力思想を吹き込んだ者も、あるいは鋼像機ヴァンガードという兵器を悪党に渡す原因になった者も、みな裁かれるべきだ、と考えて当然だろう。

 ならば、場合によっては一般人がモンスターに蹂躙されるのを見過ごすことになったとしても、鋼像機ヴァンガードを不用意に出すのだけは避ける。その方が「責任」という観点で見れば合理ではあるのだ。

 だが、それでみすみす防げた被害を盛大に出し、場合によっては鋼像機ヴァンガードそのものをも基地に座らせたまま破壊され、失うことになるのでは、何のための軍隊なのか。

 決してそれは心配し過ぎの絵空事ではなく、実際に他の前線都市ではしばしば起きている事例なのだ。

 既に廃都ロストナンバーとなった前線都市はいくつもある。その全てが鋼像機ヴァンガードの運用問題で落ちている……というのは言い過ぎにしろ、柔軟にやっていればもっともっと被害が小さくできたのは自明だった。


「と、まあグチグチ言ってても仕方ないのでー。……実験でもしようかと思いまーす」


 ルティはそう言って軍用コンテナのひとつを指差し、ヒューガにくいっと指で何か合図する。

 しかしヒューガはその合図に見覚えがなく、怪訝な顔をするしかない。

「?」

「はいヒューちゃん、駆け足ー。オープンザボーックス」

「俺がやるの!?」

「低機能ゴーレムにやらせてもいいけどー。10キロかそこらのもの取り出すのにそんなの邪魔くさいでしょー?」

「いや先に何を出すか言えよ!」

「つまんない子ねー。開ければわかるんだからゴーゴー」

 追い立てられてしぶしぶ言う通りにする。


 その気になれば小型車両も入る大きさのコンテナを開けると、中には数個の同一規格の段ボールが入っていた。

 ヒューガはそれを持ち上げてルティに見せる。

「これか?」

「そうそう。こっち持ってきて開けてー」

 言う通りにすると、よくわからないフレームと電子部品と……数個のファン。

「……?」

「察しが悪いわねー。……ドローンよドローン。軍用のいっちゃん航続距離長いやつー♥」

「こんなオモチャどうすんだよ」

 ヒューガは首をひねる。

 ドローンは近年人気の「オモチャ」ではある。

 しかし、あくまで正常に使用できるのは都市内部か本国内などの「モンスターのいない環境」だけのことだ。

 無線制御の機械なんて、障域に近づければ簡単に制御を失う。墜落するだけならまだしも、敵意を持つモンスターが近距離にいれば、人間に全力で体当たりしてくることだって有り得る。

 もしもそういう危険がなければ、ハンターの現場においても、軍務においても、利用価値は計り知れないのだが……。

 しばらく前にジュリエットを「指導」していたハンター講師を思い出す。

 彼の使っていたような高速改造ドローンが「罪が重い」という理由も、うっかり障域に近づけて電源を入れてしまえば、そのまま対人突撃兵器として危険度を上乗せされる形になるからだった。

 しかしルティは胸を張る。

「これはねー。最新の乗っ取り対策してあるって触れ込みなのよー」

「……対策なんて、できるのか?」

「さあ?」

「おい」

「だって私が作ったんじゃないしー。使ったこともないしー。もし本当にそんなノウハウあるならゴーレムに搭載したいわよねー♥」

「つまり何も信用できねぇってことじゃねーか」

「チッチッチッ。ヒューちゃん、その姿勢はダメだよー? 私が作ったことないからって実現不可能ってことではないのよー。もし本当にできてるなら大革命じゃーん♥ それこそ解析してゴーレムに使えば、すっごい戦力増強じゃーん♥」

「全然期待してないからこんなタイミングまでほっといたんだろ……」

 ヒューガは溜め息をつきつつも組み立て図を眺める。

 確かに今はちょうどいいタイミングだ。都市近辺の空間魔力量は薄く、ハンターも多くない。

 いきなり濃い障域に突っ込ませるよりは危険も低いし、多少なりとも有効な対策ができているのならば、偵察装置としてしっかり役に立つ可能性もゼロではなかった。

「まあ、超越級オーバード発見に使うってのは高望みにしろ、空間魔力計も載ってるなら災害級ディザスターの間接的な証拠を探すくらいまでなら期待してもいい……のか?」

「そこまで使えるんなら御の字よねー♥」

 つまり、それすら本気で期待はしていない、というのがルティの本音か。

 文字通り、あくまで駄目元での「実験」。

 とはいえ、一応、役立つ可能性はないわけではない。

 いつもならこういう機械は自分だけでいじるルティと、二人がかりでセットアップに取り組んでいる(それ自体がルティの本気度の低さの表れでもある)ヒューガに、背中から声がかかる。


「何、それ。……ドローン?」

「!?」


 ギョッとして振り向く。ツバサがいた。

「えっ!? ……空中都市にいるんじゃ!?」

「あ、おかえりー」

「ただいま、ルティさん、ヒューガ。……今さっきの便で戻ってきたんだけど」

 スタンドに立てかけたスマホで、流しっぱなしになっている動画を振り返って見る。そっちにもツバサがちらちら映っている。

 それを横目で見てツバサは少し恥ずかしそうにした。

「それ、一昨日の映像。……クライス、そんなところまで撮ってたのね」

「……クライス呼び捨てなんだ」

 ヒューガはモヤッとした顔で呟く。

 すかさず脳内でリューガが嘲笑う。

(だから言ったじゃろ。お前は特別扱いなんかじゃねえと)

(……う、うるせえって!)

 ヒューガのモヤモヤをツバサは理解できないようで、不思議そうな顔をするだけだった。

 ルティは楽しそうに「うぇーい」と冷やかした。

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