「ドローンも『そっちの世界』にはあったのか?」
「あったわ。……私の叔父さんがね、ラジコンマニアで。車からボート、飛行機……いろんなのを集めてて。その延長でドローンも使ってた」
「ラジコン……?」
「ドローンの古いやつ。私の世界ではそう呼んでたの。ドローンとどう違うのかはよく知らないけど」
これもまた、異世界にあったもののデッドコピーか、と、ヒューガは少し残念な気分になる。
しかし考えてみれば、それ以外にもたくさん異世界のアイデアを使ってこの世界は発展しているのだ。
同じ発想から発展しているのなら、同じような壁にぶつかり、同じような形で乗り越えるのが道理というもの。
少なくとも機械製品の範疇では、ツバサの世界と同じような形に収束するのは必然的ではあった。
「私がエルフの里から外に出ることになったのも、ちょうどバルディッシュ動乱の……魔王大戦の時代でねー」
ガチャガチャとドローンのセットアップをしながらルティが目を細める。
「バルディッシュにはもちろん与しなかったけどー。いろんな国を渡り歩いて、知恵を貸したり改革したりしたのよー」
「……今さらだけどルティさんって何歳なの」
「300から先は数えてないわー」
「いや342だよ。数えてないとか嘘つくんじゃねーよ、だいぶきっちり記録してるじゃんお前」
「か・ぞ・え・て・な・い・わー!」
ルティはヒューガに半ギレの笑顔で顔を近づけて圧をかける。
どうも数えてないことにしたいらしかった。
300歳を超えているという時点で誤魔化しても仕方ないんじゃないかと思わなくもないが、ヒューガはOKOKと従う。
「コホン。……話を戻すとねー。その頃、各国にちらほらと『それっぽい』連中がいたのは間違いなくてー。……でも、基本的には彼ら、自ら『異世界人』とは名乗ってなかったのよねー。多分、名乗っても得が何もなかったせいだと思うんだけどー」
「へえ……」
そういう話はヒューガも初耳だった。
想像してみる。
魔術の全くない世界から、まだ剣と魔術に頼っていたこの世界に呼び出され、そして放置された人々の心境と生活。
スマホやドローンすらある世界から来て、それらがここではまた遠い未来の産物であり、もう二度と戻ることはできない……と知った彼らが、生きて、老いて、死んでいった時代のことを。
……それは無人島に放り出されるのと同じで、あまりにも過酷であろう、ということまでしか想像が及ばなかった。
「でも、彼らは彼らで、何かを残したかったんでしょーねー……。戦って国を興すほどの力もない、自分の世界のものを再発明するだけの知識もない。もちろん神や精霊に愛されるということもなくて。……彼らがそれでも人知れず連絡を取り合って、残したと思われるものがいくつかある。そのひとつに『
「なんだそれ」
「誰が描いたのかはわからない。というか、絵のタッチの変化から推測するに、複数人が描いたと考えるのが自然……説明文も添えられてない。でも、そこに描いてあるものは、数十年おきに生まれる革命的発明に奇妙に符合する……予言みたいな絵が、たくさん描かれてる。機関車も飛行機も、冷蔵庫も突撃銃も、だいたいはそこに描かれてたものよー。……多分、ドローンもあると思うわー」
「それって……」
「もちろん、ひとつひとつは彼らがただ懐かしんで描いただけのものだと思うし、何か悪意や深謀遠慮があったとも思わないけどー。……見方を変えれば、それが残されたこと自体が一種の恣意的な文明加速といえるかもねー。ツバサちゃんたちの世界の基準だと、剣と弓矢で戦争してた時代は200年どころじゃないほど昔だったんでしょー?」
「……そうね。もちろん、弓矢が廃れたわけじゃなかったと思うけど……銃はもっともっと古い道具だったと思う」
ツバサもまた、少し遠い目をする。
彼女にしても、戻れない世界の遠い記憶なのは同じだろう。
彼女が石になっている間に、この世界に骨を埋めた同胞たちのことを想っているのだ……と思うと、傍で聞いているだけのヒューガも少し胸が痛くなった。
……が、そんなセンチメンタルを蹴飛ばすようにルティは明るく立ち上がる。
「で、そんな新しくも古いドローンちゃんですがー。これに
「……確か、そういう無線コントロールの機械はハンターの現場では使えないはずじゃないの……?」
「うんうん。よく覚えてるねーツバサちゃん♥ 今までのドローンは障域に近づくと電波が途切れるわ自律制御は乗っ取られるわで、本国ではともかくこっちの前線じゃオモチャ以外の何でもなかったんだけどー。これは本国の誇る軍内技術開発部が作り上げた最新型ドローン! ハンタースマホの近距離電波リレー機能を模した自動中継器との連動で空間魔力耐性が当社比40%アップ! 自律飛行機能を強力にバックアップする非改変論理補正回路も4重にご用意しておりまーす♥」
「……でも、実験ってことは使ってなかったってことよね……?」
「所詮机上の空論でーす♥」
テンションで誤魔化しにかかってるなあ、とヒューガは溜め息。
要は他にできることがないのだ。
ハンターは名目上、行政への任意の民間協力者であり、割りのいい不定期労働でしかない。働いて欲しいと思っても、強権的に命令して駆り出すことはできない。
だからといって自分で偵察に出ることもできない。
ただただ座ってピンチを待つよりは、というだけの手慰みでしかないのだ。
……それをようやく察してくれたツバサは、ちょうどセットアップが済んだドローンを、よいしょと持ち上げて。
「じゃあ……実験、手伝うね」
「えっ」
ヒューガは驚いた声を上げてしまう。
不毛ね、と呆れられて、せいぜいドローンが墜落するのを後ろから見てるだけ、というくらいの距離感だと思っていたのだが。
「しばらくぶりの地上だけど、まだ休むには早い時間だし。……それに、クライスたちを見てたら、ハンターっていうのも少し興味が出てきたところだから」
「あ、で、でもハンターとして出るなら登録とかいろいろ」
ヒューガは焦るが、ルティはそんなヒューガの顔をぐいっと押しのけて。
「んじゃこれだけ持ってってー。ハンター仕様の軍用スマホ♥」
「お、おいルティ! お前最初からツバサをこんなことに付き合わせるつもりで……!?」
「そんなことないけどー。ツバサちゃんならそのうちハンターしたがるかなと思ってねー。なんせバトルの他に出来ることないじゃーん?」
「お前な……!?」
なんという言い草か、とキレかけるヒューガだが、ツバサは淡々と。
「まあ、それはそう」
普通に肯定して、ドローンを抱いて出て行ってしまった。
「ルティ、もっと言い方とかあるだろ!?」
「あるかもだけど私そういう役目じゃないしー」
「役目って……」
「あの子がそういう細かいことで傷ついてようと、私には大した問題じゃないしー。……もしそれで可哀想だと思うなら、ヒューちゃんが何か言ってあげるべきでしょー? 私が彼女の好感度稼いで何が出るわけじゃなしー♥」
「あのなぁ」
ルティの下世話な気遣いにただただ腹が立つ。
無神経な言い方をしたこと自体か、自分に変なパスが回されたことか、どっちに腹を立てているのかヒューガ自身にもわからない。
(お前がグダグダモジモジとはっきりしない態度取っておるから気を回されるんじゃぞ?)
リューガは相変わらず呆れた声を脳内に響かせる。
(モジモジなんてしてねえだろ!?)
(あからさまに気にしながらカッコつけて「特に気にしてませんが?」と取り繕っとるのは、真横で見れば立派なモジモジチェリーの態度じゃろ)
(
そんな微妙なモメ具合……というかヒューガ一人の不機嫌ムーブをよそに、ツバサはドローンを抱えてノーザンファイヴを出ていったようだった。
『ルティさん、聞こえる? 今の位置、わかる?』
「あ、聞こえる聞こえるー。位置もわかるよー。スマホの方で位置情報きてるからー」
『じゃあ、このへんにドローン置くから。……離れた方がいいのよね』
「うんうん。それじゃテイクオーフ♥」
ルティの操作で、コンソールに乳白色の障域の空と荒野の映像が映し出され、スウッと離陸して……すぐに真っ白な視界の中で、完全に計器飛行になる。
「……これが問題よねー。障域内で空中だと、そもそも映像がなんにも見えないわー」
「
「あれで結構いいカメラつけてるからねー。ドローンに載る程度のやつとはモノが違うのよー」
そして計器飛行を開始し……しばらくしていきなり映像が途切れ、「NO SIGNAL」という表示になる。
「…………」
「……40%アップしてんだよな?」
「たとえば1が1.4になっても、40%アップには変わりないわよねー」
「何点満点の1なんだ……?」
「100でも1000でもいいけど。まー元がゼロに近いものをいくらパーセントで盛ってもねえ……って話よー」
ルティは虚無顔でコンソールを見つめ、操作を終了する。
……遠慮がちにツバサの声がスマホから響いた。
『……あっちでガシャーンって音したけど』
「おつかれー。……ま、予想通りよー」