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第31話 エリクシルリキッド

 実験が終わった後、ツバサはすぐには戻らず、一人で歩き回り始めてしまった。

「戻らせた方がいいんじゃないか、ルティ」

「そう過保護にするこたないわよー。モノのわかってない子供じゃないんだからー」

「そうは言っても……今はモンスターの縄張りがどうなってるのかも情報不足なんだし」

「そのためのスマホでしょー?」

 ハンタースマホを使えば急激な空間魔力量増加は感知できる。

 よくよく注意していれば、災害級ディザスターならば接近する前に難を逃れることも可能、とされている。

 が、数メートル級のモンスターには通用しない手だ。数の多さで障域形成を支えるそれらは、一頭が短時間に発散する魔力量が限られるため、完全な交戦距離まで近づかないと魔力計が振れない。

 それでも一頭や二頭ならば、ツバサならば正面からの戦いで負けることはないだろう。配信で見た感じ、彼女の魔術捌きはルティに勝るとも劣らない。

 だが、それは見通しのきく空中都市内での話。

 雲の中のような障域内での戦闘は、慣れていないだろう。

 万一のことがある気がしてならないヒューガだった。


『見通しは悪い……けど、逆に集中はしやすいかもしれないわね』

「周辺に他のハンターほとんどいないし、スマホのリレー距離もだいぶ狭くなってるはずだからー。電波通らない範囲まで行ったらすぐ戻ってねー。雑魚掃除はして欲しいけど、遭難したら探すの大仕事になっちゃうしー」

『そうね。そもそも霧のない時の様子も知らないから、マップが見られないと本当に迷子になりそう』

「それはほとんどのハンターも似たようなもんよー。地形なんてちょっと派手に属性銃ぶっ放すとすぐボッコボコになるからー、障域化してる時にナビなしで帰ろうなんて無理ゲーよ無理ゲー」

『……いざとなったら、飛べばなんとかなるわ』

 通話の向こうでツバサがとんでもないことを言い出して、ヒューガはきょとんとする。

「おいルティ。飛ぶってどういう……」

「文字通りよー。……昔の魔術師はちょっとした距離なら飛んで移動できたのよー」

「マジで? お前も?」

「やろうと思えばねー。転位テレポートなんて魔術があるのに、たかだか空中に浮かぶ程度のことができないはずないでしょ?」

「……それをなんで現代の乗り物に応用してないんだ?」

「ヘルブレイズには応用してるじゃんー。まさかこんな金属の羽根ばっさばっさして鋼像機がびゅんびゅん飛ぶだけの推力が発生してたと思ってないでしょーねー?」

「…………」

(思っとったな……)

(いやまあ……思うじゃん……)

 揚力などという仕組みは、ヒューガたちの学園のカリキュラムでは習わない。

 いや、習ってはいるのだが、おおまかな原理の話でしかなく、どんな羽根を使ってどれだけの力が発生し得るのか、という計算が可能なレベルでは全くない。

 実際のところ、ヘルブレイズの翼は、かなりその魔術に依存したパーツらしかった。

「い、いや、そんなのもっと手軽な乗り物にも応用されて当然だろ? 絶対便利じゃん」

「……なんで今の魔術師が乱用してないか、わかるー?」

「…………」

 昔の魔術師が使えて今の魔術師が使わない理由。

 そんなものは魔力量の問題に他ならない。

「そんなに燃費悪いのかあれ」

「まー、今の魔術師が自力発動したら1分もたないんじゃないかなー。んでコントロールがまた難しくてねー。飛んだまま他のことはまずできないんじゃないかなー、フツーは」

「そんなに……」

「そういう燃費悪いのは液体魔力エリクシルリキッド式にしちゃうのが実際理想的ではあるんだけどー。……今、私があれこれヘルブレイズの翼試作してるんで分かる通りー、よそで全っ然研究が進んでませーん♥」

 明るく言い放つルティ。

 そういえば、そういうことになるのか、とヒューガの中で話が繋がる。

 簡単に実現できるなら、ヘルブレイズだけしか飛行型鋼像機ヴァンガードがない、なんて状況のわけがないのだ。

『話に割り込んで申し訳ないんだけど、いい?』

「なにー?」

『そのエリクシルリキッドって何? 私の頃にはなかったから……それって魔力を何らかの形で溜めておいてるってこと?』

「あっははー。そこからかー」

 ルティは少し困り笑いをして。

「本当はこんな電話越しに講義なんかしたくないけどー。……エリクシルリキッドっていうのは正確には魔力とはよー。ほぼほぼ魔力と同じ振る舞いをするエネルギー液……これが発見されたことで、従来は精神技術だった魔術が機械と融合できるようになったわけでー。新生児の魔力抑制処置も、前は魔術使えなきゃどうにもならないからって渋る人もいたんだけど、コレあれば代替できるから大丈夫、ってんで普及が進んだわけだけどー」

『……だから、今の人間はみんな魔力が低いのね』

「そーそー。で、コレに対して機械的に呪文相応の変換誘導処理をしてやると、ほぼなんの負担もなく魔術を発動できるようになったわけでー。……でも、どーしてもいくつか制限があってねー。まず技術的にどうしてもファジーさが出せないから、魔術師が自前でコントロールするほど繊細な加減はできない。だから禁術クラスになるとほぼ無理ー」

「禁術って転位テレポートとかだよな? あれってそんなにフワフワした処理すんの?」

「するのよー。というか生体と紐づくタイプの処理が入る魔術はだいたいアウトよー。……んで、あくまで疑似魔力でしかないから、生体魔力の根源的特性である『意志力による物理改変効果』も、乗らない。つまりこれを湖一杯用意して災害級ディザスターの魔力と潰し合い……っていう真似もできないわねー。もちろん攻撃魔術に変換して乱射することで、天然バリアになってる空間魔力を削るって戦法は有効だけど……まー、間合いとってやり合う分には、生体魔力の改変効果には押し負けるのが現状の技術限界よねー」

『……なんで大量の魔力を溜めておけるのに、わざわざロボットを用意して接近戦しようとしてるのか、やっとわかったわ』

 魔力を貯蓄できて、その生産量が充分にあるなら、ロボットで接近戦などと言わず、正面から潰し合いをすればいい。

 人類は魔術という形で魔力を効率的に扱えるのだ。同種の力であるなら、あとは物量を用意し、適切に集中運用すれば勝てるはずなのだ。

 だが、エリクシルリキッドはそういうものではないのである。

 大変便利なエネルギー源ではあるのだが、一番大事な特性が欠けている。

 だからこそ、とっくにエリクシルリキッドが発見された後で起きた魔獣大戦において、どの国も巨大モンスターの暴虐に抗しきれなかったのだ。

『……っと。モンスター発見。そんなに大きくないわね。人よりちょっと大きいくらい』

「っ、無理すんなよ! 障域じゃただでさえ間合いの長い魔術は減衰するんだ! その辺のことに慣れるまでは誰かとパーティ組んで……」

 ヒューガはルティの後ろからツバサに訴える。

 が、ツバサは長い溜め息のあと。

『……今、仕留めた。これって適当に放っておいていいの? 死体を片付けないとまた誘引しちゃったりしない?』

「仕留めた……?」

「だから心配し過ぎだってばヒューちゃんー。あ、死体はそのまんまでいいけど、できるだけ死後早いタイミングでハンタースマホで写真撮ってー。討伐証明ってアイコン叩くと魔力計と同時記録できるモード入るからー」

『……それやらないと迷惑?』

「まー、お金いらないなら無視してもいいんだけどー。や、あんまり記録無視で殺し過ぎるとふつーに他のハンターに迷惑かなー……縄張り撹乱されるしー」

『……わかっ……』

「……ツバサちゃーん?」

 ハンタースマホの通信が悪くなる。

 ヒューガはツバサのスマホが送ってくる魔力計の数値を見た。音声より若干、通信が

 ……数字が急激に増えている。

「おい、ルティ」

「ヒューちゃん、乗っといてー」

 言われるまでもない。ゴンドラに飛び乗って上昇スイッチを押し込み、ヘルブレイズのコクピットに向かう。


「任すぞリューガ」

(……操縦は我の担当じゃ。文句は言わん)

 シートに座ると同時にリューガに交代する。

 目つきが変わり、皮膚が若干変化し、歯が少しだけ爬虫類化する。

「……暖気まで8分! ルティ、状況は!」

「データ送信が断続的になってるけど上限値はどんどん上がってるわー。災害級ディザスターの疑いはかなり濃厚ねー……あと、特に逃げようともしてないわねー、位置情報的にー」

「ヘルブレイズ出撃申請送信。……通せよ……っ!」

「ちょっと待っててねー。こっちがドローンの実験してたことも説明して都市上層部にオラオラしてみるからー」

 ルティは自分用のスマホを取り出して交渉を始める。

 鋼像機ヴァンガードの出撃可否は基本、ドライな判断であり、ヘルブレイズは立場としては予備戦力おくのてであるため、やる気を訴えるだけでは当然、飛び出す許可が出ることはない。

 他の鋼像機ヴァンガードを押しのけてでも行くとなれば、ルティが理由付けしてやらなくてはならないのだ。


       ◇◇◇


 暖気完了を前に、無事に許可は出された。

 ヘルブレイズは可能な限りの機敏さで離陸して、ツバサのいるあたりまで急行。

「間に合えよ……!」

 漆黒の機体が瘴気の雲を斬り裂き、戦場に到着する。

 そして、着陸して……戦慄する。


「……やってやれないことはないわね」


 ツバサは、悠然と。

 穴だらけで事切れた災害級ディザスターの死体を見上げて、呟いていた。

「……災害級ディザスターを、素で倒せちまうのか……現代装備も一切なしで……!」

(……本当に強いな、ツバサ……)

 現代では、生身の個人ができることの到達点とされる所業。

 それも属性銃エレメントライフルや魔剣などの強力な武装ありきだ。それでも基本的には「勝てることがある」程度の話であり、安定して倒すとなると鋼像機ヴァンガード、それもある程度の数を揃える前提になる。

(……やっぱり、彼女は……)

「……ヒューガよ」

 心の中でなおさら感じ入ってしまっている自分ヒューガに、リューガは不機嫌な声で呟くに留める。


「冷静担当が浮つくのは、笑えんぞ?」

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