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第48話 装輪機構

「要するにスミロドンとダイアウルフこいつらが兄弟機っていうなら、こっちにもフィードバックあってもいいでしょうよって話なんですよ」

「お、おう……いや待て、そりゃあ本国の連中が手当てする話であって、俺本人に押し込まれても困るぜ? こっちはあくまで設計屋だ。いつかお前らが乗る機体をこしらえることはできるが、現物をホイホイとパワーアップできるモンじゃねえ。そういうのはまた別の機種をでっちあげるような膨大な作業がだな……」

「そんなデカいことしてくれって言ってるわけじゃねえんだ。現状じゃ戦域しごとばが遠すぎるんです! ダイアウルフとスミロドンはほとんど同じ寸法なんだ、あのローラーみたいなのをこっちにも用意してくれりゃあ、あのガキやおたくのエースに座っててもらえるって、それだけなんですよ!」

「それだけって言うが開発前提要求レベルの話だかんな、そいつはよ!」

 ゴールダスとジミーがやけに大きい声で言い合っている。

 登校前のヒューガはその騒ぎが気になって立ち止まり、そこに自主トレーニング中のサーク隊長が通りがかった。

「やあ」

「サーク隊長。……何の騒ぎですか」

「ああ、ここのところ何度も出動がかかっているだろう。前哨基地アウトポストの修繕が間に合っていないから」

「まあ……」

 例の巨大貝との戦いはスミロドンの完勝で終わったが、その時に食い破られた防壁を修復するには低機能ゴーレムの投入が必須だ。

 資材の搬入自体は鉄道でできるとしても、人の手で建築作業をしていては元通りにするのに半年以上はかかってしまう。

 夜昼となく働けて重作業もお手のものである低機能ゴーレムは、現代の高速建築では必須の存在。

 しかし、全く防衛能力は持たされていないため、もしも戦いに巻き込まれれば比較的小型のモンスターにも破壊される危険がある。

 そのため、暫定措置として本来ノーザンファイヴ本体の治安維持を担当している軍の歩兵部隊が進出し、ある程度以上の脅威には鋼像機ヴァンガードをすぐに呼ぶ……という態勢になっている。

 その「ある程度以上」がわりとガバガバなのが問題で、少し装備に自信のある民間ハンターならば自力で挑むような数メートル級のモンスターでも呼びつけるため、その度に前哨基地アウトポストとノーザンファイヴの間を鋼像機ヴァンガードが往復しているのだった。

 さすがにヘルブレイズを使うような事態ではない、と司令部も理解しているのか、ヒューガにまでスクランブルがかけられてはいないが、その慌ただしい出入りは何度も目にしている。

「徒歩での往復二時間以上の行軍を繰り返しているのは、パイロットの訓練という意味では悪くはないんだが。整備班がメンテに忙殺されていてな……ここに余計な案件が増えたら誰か倒れてしまう」

「そんなに消耗するもんですか、ダイアウルフだと」

「ヘルブレイズは違うのかね」

「ルティはいつもヘラヘラしてるんで分かりませんけど」

 しかし、整備に関しては素人同然のヒューガとしても、街の外に広がる荒野を徒歩でドスンドスン走るのを二時間以上となれば、砂塵や摩耗で足回りが大変なことになる……というのは想像できる。

装輪機構ローラーダッシュならマシなのかというと、また別の問題もありそうだが。少なくとも無駄足感は少し減るんじゃないか」

「俺たち鋼像機ヴァンガードにしてみれば、虫を潰すためにいちいち遠くから呼ばれてるようなもんですからね」

 本来厳しく「災害級ディザスター以上のモンスター発見時に限定」されているはずの鋼像機ヴァンガード出動条件を、こんな形で緩めていいのか……と思わなくもないが、軍にしてみれば歩兵もそう無闇に損失するわけにはいかない。いつかルティがブツブツ言っていたように、裏では「誤認による通報」とでも報告を誤魔化して帳尻を合わせるのだろう。

 ガーガーと言い合っていたゴールダスとジミーだったが、やがて「……いや待てよ、言われてみれば同じ形にこだわるこたぁねぇか……?」とゴールダスが何かしらの気づきを得たようで、何やら話が建設的な流れになっているのを感じる。

「なんか作ってくれそうですね」

「現状がマシになるのなら何でもいいが……」

 サーク隊長とは手を上げて別れ、ヒューガは高校へと向かう。


 そして高校から戻ると、格納庫の真ん中でダイアウルフが妙な装置を装備している姿に出くわした。

 スミロドンのものは人型というにはサイズの大きな足にローラーが内蔵されているが、ダイアウルフが装着したそれは完全に自動車じみた四輪下駄を両脚に備えた上で、尻尾のようにバックパックから背後に一輪が突き出している。

「ダッセ……」

「テメェがなんとかしろっつうからなんとかしてやったんじゃねえか! ダイアウルフのバランサーではこれが限度だぞ! 尾輪なくしたらユアンでもコケる!」

「もっとこう……車に下半身変形とかってワケにはいかねぇんですか」

「人型を外れるとフレーム強化システムの関係で誤動作率が増えるんだよ。膝にまでローラーつけて正座で走らせるってのも考えたが、重心考えると転倒リスクはさほど変わらん。あと何よりカッコが悪い」

「……確かに」

「最終手段としてベッドみてぇに寝かせて運ぶ大型車両……ってのも考えたんだがな。やる意味が無ェ」

「そっすかね? 良さそうに思いますが」

「それで不整地を駆け足のダイアウルフ以上のスピードで爆走しろって? どんな頑丈な車体を用意しなきゃいけねぇんだよ。まだしも航空機の方が使い所がある。あるいは外付けロケットモーターだな」

「……そいつはちょっと」

 まさに空中都市でロケットパックを背負い、着地に難儀したジミーは嫌な顔をした。

「つうわけで、現状ダイアウルフにポン付けできる走行装置としてはこれがベストだ。安上がりだし操作性も悪くねェはず。駆け足の制御で余計な神経使う必要がなくなって、パイロットの消耗も抑えられるはずだ」

 自慢げに胸を張るゴールダス。

 パイロットたちは様々な反応をしているが、ユアンは相変わらずスミロドンの足元で退屈そうに欠伸をしている。

(思ったよりダイレクトなのが出てきたな……)

(まあ、本格的にダイアウルフを再設計するってわけにはいかん以上、ああいうのでも用意して茶を濁すしかなかろう)

(そうなんだろうけど)

 元々装輪機構ローラーダッシュがついているスミロドンには様々な面で劣るだろう。

 しかし、本来高度な離れ業である「速く移動する」という行動そのものが可能になったことは、鋼像機ヴァンガード隊にとって福音であることには違いない。

 そう考えるとただの笑い物として扱うわけにもいかない。しかしそんなに普及しそうにもない。

 なんとも反応に困る代物だった。

「よ、よぉし! とにかくこれで現場に行くの自体は速くなる!」

 もろ手を挙げて歓迎……というわけでもない周りの反応にめげず、ジミーは少なくとも要求が通ったのでテンションをやや無理気味に上げている。

 その姿がちょっと浮いていて、それがやけにヒューガには気になる。

(あいつ……部隊に馴染めてないのかな)

(そろそろ丸くなりそうな時期なのに、やけにスタンドプレーしたがっとるのう。まだ「腕で周りを認めさせてポジションを作る」って流れを狙っとるのかもしれん)

 たまにいる、新人なのになかなか上官の言うことを素直に聞こうとしない好戦的なパイロット。

 ただのお調子者ならそろそろ部隊でのパワーバランスに従う時期なのだが、どうもジミーは何やら一山狙っている雰囲気が消えない。

 嫌な予感をヒューガとリューガは共有していて。


 そして、前哨基地アウトポストがようやく再建完了した頃に、それは現実になった。

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