目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第49話 ウルフランナー

 ゴールダスの作った新型走行装置は「ウルフランナー」と仮称され、ノーザンファイヴの鋼像機ヴァンガード隊が試験運用することになった。

 といっても全員で使って欠陥に突き当たり、全滅しては話にならない。全8機中、暫定的に2機に運用させ、残りは従来通りの徒歩での行動に留める。

 その2機は例の新人ジミーと、女性パイロットのエリーの機体が選ばれた。

「どうせなら腕っこきが使ってくれる方が、いいデータが取れそうなんだがな」

 ゴールダスはサーク隊長をジロリと見るが、サーク隊長は腕組みをして鼻息ひとつ。

「どうも俺は若くないようです。ああいった変わり種には適応しづらい。まっすぐ走るだけなら可能でしょうが、戦闘行動には邪魔なようにしか思えません」

「……ま、ケツが随分嵩張るからな。急旋回しようとすれば無理が出るのはその通りだ。そこをカバーする運動技術の開発をお前さんに期待したかったんだが」

「隊を預かる者がそれを試行錯誤するには時期が悪いのです。それにジミーは現状、一番モチベーションが高い。若さゆえの柔軟さとガッツを買ってやって下さい」

「あの若ぇのがそんなとこまで考えて張り切ってるとは思えねェがな」

 ゴールダスが指摘する通り、ジミーは単に現場に先着するヘルブレイズやスミロドンに手柄を取られることに苛立っていただけのように見える。

 ウルフランナーの使用で、少なくとも戦闘開始のタイムラグは減る。だが、その先にまともに戦えるか、というところには大して注意が行っていないのではないかとゴールダスは言っているのだ。

 ウルフランナーは外付け装備とはいえ、簡単に着脱できるようには作られていない。道なき荒野を走るために作られたそれが、ちょっとやそっとで外れるようでは使えたものではない。

 いざ戦いになって、思ったように動けないからといって、ボタンひとつでバチンと脱ぎ捨てる、というわけにはいかないのだ。

 いざ戦いとなれば「前に進むのが速い」だけでは危険な場面はいくらでもある。彼がそこまで考えているかどうか。



 そして、実際に初陣となったその日。

 スミロドンは出撃要請が来た時に、ちょうど腕の交換をしている最中だった。

 サブアームを含めた修復がようやく終わり、これでフルスペックが発揮できるようになる。

 手柄に貪欲なユアンとて、さすがに今日ばかりは「鋼像機隊そっちでやれるだろ?」と丸投げの姿勢をとっていた。

 ……が。


災害級ディザスターだ……本当に災害級ディザスターが、来てるぞ! タイプビースト……類人猿みたいな奴だ!』

「何ィ……!?」

「おいおい、随分レアじゃねえの」

 前哨基地アウトポストからの通信に戦慄した顔をするゴールダスと、面白がっているユアン。

 類人猿型、要するに度を超えた巨大ゴリラは、発見例は少ないが災害級ディザスターでも特に注意を要するタイプとして知られている。

 単純に鋼像機ヴァンガードとの相性が極めて悪いのだ。体格は概して鋼像機ヴァンガードを子ども扱いするほどに大きく、脳容積があるせいか通常の災害級ディザスターと比べて魔力の扱いが達者かつ多彩。投石のように魔力弾を投げつけてくるのを基本としながらも、バックラーのように小型の防壁として魔力を集中させてみせたり、光刃剣スラッシャーに対抗するように類似の魔力棍棒を生成してみせた例がある。

 超越級オーバードのように大作戦を展開しなければ討伐ができないというわけではないのだが、噛み合わせによっては一都市の鋼像機ヴァンガード隊が壊滅するような大損害も有り得るという、厄介な敵だ。

「よりにもよって最悪のタイミングで……ユアンが行けば何のことはねェ相手だってのに!」

「じゃあどうすんだボス。片腕外したままで行くかい? それでもバックパックのアーム含めりゃ四本腕だ。できないことはねえが」

「一応は持てるってだけで、そこは本来武器を取り回す腕じゃねえだろ。肉弾戦の可能性も充分あるのに、片腕で送り出せるか」

 か細く反動制御もままならないサブアームだが、装甲に引っ掛けるなどして構えを工夫することによって裏技的に安定させ、属性拳銃エレメントピストルの斉射を実現しているのがユアンの妙技だ。

 逆に言えば本来のメインアームだけが光刃剣スラッシャーの取り回しや格闘戦などに使用できるのであり、片腕をつけずに行けばその一本に命を預けることになる。

 とてもではないが開発者のすることではない。

「だがボス。ほっとけばあの新人、死ぬぜ?」

「……ぐっ」

 唸るゴールダス。

 そちらも自分が直接作った装備ゆえの問題だ。放置はできない。

 ウルフランナーを与えたもう一人の方はそれなりに自制心と向学心のあるパイロットだ。なんとかなるかもしれないが、ジミーはどう考えても危うい。

「……クソッ……シュティルティーウ!! シュティルティーウ、聞けや!!」

 ゴールダスは意地をすぐに捨ててルティに助けを求めることにした。

 対抗意識は強いが、他人の方が正しいとなれば簡単にそれを曲げられるのもこのドワーフの美徳であり、その素直さがあるからこそ現状世界最大の開発局を任されているのである。



 ヒューガは外で買い物を楽しんでいた。

 コクピットを離れれば人並みに高校生である。ショッピングもするし路上ライブだって足を止める。

 ハンターパーティをそのままメンバーとしたバンド文化は、近年急速に盛り上がりを見せている。ハンターなら楽器の一つも手に付けておけ、という珍妙にしか見えない言説が、今や当然のことのように巷間囁かれている。

 ハンターとして大成しても、ただ名前が記録に入るだけではその後の人生に続かない。何十年と殺し合いをするのは現実的ではないし、再征服が進んだ後には力自慢だけの荒くれなど無用の長物になりかねない。

 だがハンターとしての力を見せつつ、音楽もやれば、話はどうだ。

 ハンターとしての大活躍は動画時代の華だ。それに加えて音楽という形で個性を売り出し、合間に日常での姿もアピールできれば、相乗しあって生まれたネットのスターとしての地位は、そう簡単に忘れ去られなくなる。

 ……というのは、理屈としてはもっともらしく聞こえるが。

 実際のところ、そんなにうまくいくものでもない。

 強くても、バンドとして上手くても、スターとして認知されるかはかなり運が絡む。

 結局、本国の薄汚いメディア関係者の意向一つだ、なんて夢のない話もちらほら。

 ただ、どうもジュリエットやツバサのネット人気は一過性ではなく、時間とともに大きくなっているような気配がある。

 色々考えるに、自分も楽器の一つぐらい練習しようかな、なんて魔が差してしまったりもするのである。

 ほら、あるだろう。なんかこう……話が転がって、うっかり自分が二人のどちらかの音楽に絡むみたいな流れも。

(……ないじゃろ)

「う、うるせぇ」

(ジュリたちのパーティは5人じゃぞ。5人もいればだいたいのバンド足りるじゃろ。あとはバックダンサーしか残っとらんぞ)

「……じ、ジュリのとこに混ざりたいと言ってるのはお前だろ?」

(じゃあツバサの後ろでギター弾くんか。それこそないじゃろ。俺たまたま弾けるけど? みたいな顔するには遅すぎるじゃろ)

「……も、猛練習すれば才能あるかもしれないし」

 路上ライブで音がでかいのをいいことに、ブツブツと自分に対して反論していたヒューガの尻ポケットでスマホが鳴る。

 ……しかし、音がでかいので聞こえていないのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?