ジミー・エアーズは優秀なパイロットである。
少なくとも、彼を評価する書類の上ではそうなっている。
サーク隊長やユアンなどと比べるのは、基準が間違っている。彼らは人類の抱える全
連合軍が幾度が敢行した無謀な戦い、
ジミーはそうした補充枠として選抜された口で、その中では間違いなく優秀だったのだ。
なにしろ、普通は
いくら衝撃吸収機構が優秀でも、平地をただ移動するだけでこれほど揺れる乗り物は他にありはしない。
人間の歩行というのは、10倍のスケールになればそういうものなのだ。
それを難なくこなし、一通りのアクションを2週間でマスターしたジミーは間違いなく才能あるパイロットといえた。
普通なら配属されても最初の数か月はお荷物で当たり前。戦力に数えられるようになるのは一年経ってようやく、というのが平均だ。
配属当初の時点でその「一年経験を積んだパイロット」と同等の腕前になっていたジミーは、しかし今までそれを周囲に驚かれたことはない。
ヘルブレイズとヒューガ。
些末な新人の腕前など、霞むどころか塗りつぶしてしまうほどインパクトある存在が至近にあったせいだ。
彼は焦っていた。
自分は天才側の人間なのだと信じていた。
活躍のタイミングがないだけだ。何もかも規格外の新型機なんかにいつまでも機会を奪われ続けるわけにはいかない。
ヘルブレイズが図抜けて強いのはわかっているが、自分とて腕で選ばれているのだ。
それを見せつけるチャンスがどこかで必要だった。
ウルフランナーは要するに、概念としては逆三輪車である。
大きく伸びた尾輪に重心の多くを預けることによって、バランサーの負担を大きく軽減している。膝関節股関節はサスペンションとしての機能に徹し、歩行や跳躍はもうしないものとして割り切っている。
人型兵器としては邪道もいいところだったが、制御部位としては人体構造を外れる場所は最低限だ。
……ウルフランナーがあれば、少なくとも戦場への一番乗りは譲らずに済む。
ヘルブレイズ、そしてスミロドンは単純な戦闘力もさることながら、とにかく移動が早過ぎるのがずるい。
戦うチャンスが奪われっぱなしだ。あとから文字通りのこのこと現れたダイアウルフは、どんなに頑張っても後始末程度しか役割がない。
それではジミーが優秀なパイロットなのだと証明することができない。
戦場へ先着する手段がありさえすればチャンスは生まれるはず。
ジミーは自分が力不足であるという認識は一切なかった。空中都市などでは失態を演じたが、それは言ってしまえば「
戦うことこそがパイロットの評価項目だと考えれば、それ以外の行動は余技。
特にロケット推進器で空を飛び、着陸する……なんていうのは、他で練習する機会も活用する機会もありはしないではないか。そんなもので自分の本当の力は計れないはずだ。
サーク隊長はウルフランナーの扱いに難儀し、投げ出していた。副長格のエリーはそこそこ適応しているが、ジミーと違って限界性能に挑む思い切りのよさはない。
結果として、現場に向かう往路はほぼジミーのダイアウルフが単独先行することになってしまっている。
『ジミー! スピード! 落としなさいって! このバカっ!!』
「俺に加減させるんじゃなく先輩がスピード上げて下さいよ。現場は俺らの到着を待ってるんでしょうが!」
『隊長はともかく、アンタの腕で一人で
「ウルフランナーの扱いの腕に関しては今んところ世界一ですぜ。それに……やるとしても先輩や隊長が来るまでの間だ。それぐらいも持たないほどヘボじゃねぇ」
未だヘルブレイズやスミロドンの発進報告はない。
つまり、戦場の主役は久々に自分たちだ。
いや、ジミーただ一人だ。
その事実がジミーを余計に張り切らせる。
やがて、高架の線路から数百メートル離れて前哨基地に近づくジミー機の前に、巨大な類人猿の姿が見えてくる。
「
戦えない大きさ、ではない。
上背では類人猿のほうが随分大きく、ダイアウルフとの体格差は大人と子供のようだが……それだけだ。
子供だって銃や刃物があれば大人を殺すことは難しくない。この体格差は、まだ
『手を出すなら離れたところからよ! 移動角度は90度、あくまで距離を取って牽制に務めなさい!』
常識的なことを言うエリーはまだ数キロの彼方。100キロ移動する間に随分離してしまった。
「それじゃあ効かねぇし当たらねえ!」
『腕を見せたいなら当ててみせなさいっつってんの!!』
「俺たちはアレを始末しに来てるんですよ」
恐れ知らずの若い度胸が暴走する。
ジミーは発砲することなく、
遠くから接近する速度は一段下げておいて、中距離から至近距離に入るその一瞬にフルスロットルを出し、虚を突く。
そういう小賢しい知恵は回るのがこの男である。
しかし、それでも体格に勝る類人猿が慌てることはない。
ジャストタイミングで迎撃、なんて細やかな駆け引きをする気は最初からなかった。
まっすぐ突っ込んでくる愚かな獲物に、サイドスローでそこらの木を掴んで投げつける。
類人猿の豪腕からすれば、
「ぶわあっ!?」
ついでにその根が振り撒いた土砂が、尾輪に身を預けているせいで低くなったダイアウルフの視界を塞ぐ。
ジミーはさすがに真正面から突っ込むのは得策ではない、と急旋回をかける。
かけてしまった。
まっすぐ走る分には多少バランスを崩してもなんとかなるウルフランナーだが、一気に舵を切れば、急造の重心構造にはあまりに無理がある。
ジミーの頭の中では華麗にドリフトしてのける逆三輪の姿がイメージされていたが、実際には足をもつれさせたダイアウルフが肩から無様に転び、尾輪を前に投げ出すようにひっくり返っていた。
「ぐわああっ!?」
バックパックの尾輪接続部から致命的な音が聞こえる。想定されていない角度の負荷をかけられ、尾輪のフレームがバックパックの一部もろとも破損してしまった。
『バカッッッ!!』
エリーの悲鳴のような叱責が聞こえてくる。
「くそっ……でもコケただけです! まだ……!!」
投げ飛ばされた樹木そのものは直撃していない。転がるダイアウルフの肩に当たって、後ろまで飛んで行った。
ならば、まだ致命傷ではない。
が、ジミーがなんとか愛機の上半身を起き上がらせると、類人猿は「まだ動くのか」と少し面倒そうに首を掻いて、おもむろに太く長い腕を振り上げる。
手にはボール遊びに丁度良さそうなサイズの魔力弾。
いや、ダイアウルフを子供に見立てるサイズの類人猿の「ボール」だ。ダイアウルフにとっては余裕で頭の数倍も大きい。
それを雑に上から投げ落とす。
「ちくしょうっ!!」
ジミーは手持ちの
嫌がらせの甲斐あり、ボールは直撃しなかったが、それでもジミー機はその着弾衝撃だけでゴロゴロと数十メートル転がった。
それで尾輪フレームが折れて外れたため、なんとかジミー機は立ち上がる。
立ち上がれはしたが、装輪のせいで踏ん張れない足では逃げることも避けることもできない。
「マジかよっ! ローラーだけ外すってのは出来ねえのか……!?」
『できないって言われてたでしょ!? ああもう、あと2分! 転げてでも土下座してでも何とか生き延びて!!』
「土下座が効くならやりますがね!」
ジミーはなんとか機転を利かせようとコクピット内のあらゆる表示を見る。
手持ちの
ローラーは一応動くが……今回転させても転ぶだけだ。それを防ぐための尾輪はへし折れて近くに転がっている。
「……転ぶだけならできるか……!?」
敵の攻撃の瞬間、それをやれば、一回は直撃を避けられるのではないか。そんな愉快な考えが浮かんだが、相手がゆっくりと狙ってきたら何の意味もない。
そこまで勢い込まなくてもジミー機はズタボロだ。類人猿から見れば大して叩いてもいないのに。
未だスミロドンもヘルブレイズも発進していない。
あの
詰んでいる。
「はははっ……くそっ、上手く……いかねえっっ……!!!」
ダンッとジミーはモニターを叩いて、迫る死にせめてもの抵抗を示す。
思い描いたのは、あのユアンのような戦い。
華麗に敵の攻撃を紙一重で見切り、痛撃を与えて、踊るように死角を取って……。
機動力は追いついたのだ。できると思った。あんな奴ができるのだ。天才側の自分だってできるはずたった。
『諦めんなジミー! ボケッと待つぐらいなら一歩でも二歩でも下がって……!』
エリーが必死に励ましてくる。彼女もたった一機だ。
ジミーがやられれば、この類人猿と一機で戦わなければならない。
彼女は自分よりうまくやるだろうか。あるいは自分を見殺しにして、サーク隊長たちが徒歩で追いつくのを待つだろうか。
類人猿は思ったより動きが遅い。あと一発、
そう思って殴ったモニターをもう一度見て……そして、目を疑う。
少女が、類人猿の腕を駆け上っている。
金髪の少女は急勾配の類人猿の体を、銃を抱えたままで冗談のように駆け抜け、その肩に到達。
そして、耳に銃を突っ込むように構え、撃つ。
類人猿が絶叫を上げて悶え、倒れ込む。
少女は反動で数十メートルも跳ね飛ばされ、森の木々の中に落ちて消える。
「なんだ……ありゃ……!?」
ジミーが呆然としていると、通信にあのヒューガ少年の憎たらしい声が入る。
『こちらヘルブレイズ。もうすぐ着く。先走ったアンタ、さっさと