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第51話 超音速

『こちらノーザンファイヴ。ヘルブレイズの発信を許可する。しかし今からで間に合うか……』

「間に合うさ」

 ヘルブレイズは未だノーザンファイヴの発進口にいる。

 竜貌の黒い機体は仁王立ち。最初から属性銃エレメントライフルは持たない。

 華麗な戦いを企図したジミーとは逆に、ただただ、愚直な行動だけを想定している。

前哨基地アウトポストまで100キロ。……時速300キロ出せるスミロドンの装輪機構ローラーダッシュなら20分……加速時間と地形ロス込みで25分ってところか。ヘルブレイズは500キロで飛べるが、それでも単純計算で12分。だが」


 ヒューガは目を閉じ、見開く。

 瞳孔の形が変わる。

 ピキピキと微かな音がして、首筋の皮膚が硬化を始める。


「『ヘルブレイズ・ドラゴン』なら、音速を軽く超えられる。そうじゃろ、ルティ」

『設計上はマッハ3までいけるわよー♥ 魔力循環速度500%オーバーに加えて、飛行形態と呼んでもいいほど飛ぶのに最適化するからねー♥』

「ハハッ。……音速は低空で1200キロちょいじゃったか? その3倍じゃ。机上の空論ではあるが……」

『たかだか100キロなんて2分でブッ飛ばせるわねー♥』

 計算上は、そうなる。

 無論最高速までには加速に長い距離を要する。それには100キロでは足りないほどかかってしまうが。

 それだけの加速力があれば、もう、と言える。

 それに。


『──ジュリちゃん! ラダン君、ジュリちゃんは……』

『無事です。……なんで無事なんだこの人は……』

『タマ間違えた……爆砕弾エクスプローダー叩き込めばもうちょい効いたのに、爆風弾ソニックブラスター使っちゃった』

『カカカカカ!! 健在の災害級ディザスターの頭までよじ登ってブチ込むかよ! 本当狂ってやがんなァ我らがリーダーは!』

 コクピットに自分で設置したホルダーに掛けたスマホを通して、チーム・ジュリエットのハンティング配信が続いている。

 ジュリエットは迷わず災害級ディザスターと戦うことを選んだ。功名心もあるだろうが、配信に乗った台詞は「今、私が何もしなかったら、あの鋼像機ひとやられちゃうよ」だった。

 生身の人間にとってみれば災害級ディザスターは「怪獣」だ。一歩動くだけで人が何十人と死に得る怪物だ。

 それを前に、自分が切り結ぶことを選ぶのは、英雄そのものだ。


(リューガ。遠慮はナシだ。『ドラゴン』を、出す)

(ええのか。また何日もみっともない半トカゲ生活じゃぞ)

(それで人ひとり助かるってんなら安いだろ。手足を千切って捨てるわけじゃないんだ)

(それで助けるのが、あのヘボいチンピラパイロットだとしても、か)

(アイツだから見捨てようってのは、カッコいい選択肢じゃないさ)

 リューガはギラリと獰猛な笑みを浮かべ、身体を「人間」から「竜人」へと、解き放つ。

 ヒューガにはできない思い切り。

 ぞぶり、と、身体の見えない奥底に自ら手を突っ込むような感覚。

 まるで発作のように体内からエネルギーが膨張し、ヒューガの肉体は一気に「竜」へと近づく。

 その変異をコクピット内センサーが敏感に察知し、機体のフレームが変形への予備動作を始める。

 ヘルブレイズの目が輝きを変える。


 黒き竜が、身を起こす。


[Transform READY.]


 モニターに準備完了表示が入り、変形レバーが頭上から下りてくる。

 前回は判断を急かされた末のヤケッパチに近い選択だったが、今回は違う。

 自ら試練に挑むのだ。

 筋肉の盛り上がった腕で力強くレバーを握り、リューガとヒューガは選択を確定する。


(行くぞ、相棒!)


 それは頭の中の人格に対するものか、愛機に対するものか。

 リューガとヒューガのどちらが発したものか。

 曖昧に。あるいは全てを含み、レバーを押し込む。


 翼を持つ人が、竜へと変化する。

 血の色のオーラを鱗粉のように振り撒きながら、それは猛然と駆け、空へと跳ね上がった。


       ◇◇◇


 ひと打ちごとに加速しながら、ヘルブレイズは数百メートル程度まで上昇する。

 地上スレスレでは狙いを定められない。突進するにしても見通しのために放物線を描く必要があった。

「このまま突っ込んじまうことができれば一撃で決められるんじゃがな……!」

 ミシミシと全身の変異が続く。

 尻尾が発生し、シャツを毛羽立った鱗を持つ筋肉が引き裂く。

 が、向かう先は雲のような障域だ。

 一応、座標ナビゲーションで迷うことはないが、数十キロ先から加速のままに突撃することはあまりにも危険だ。

 ヘルブレイズ自身が傷つく危険ではない。もしも射線上にジミー機やジュリエットの仲間がいたら大惨事だ。

(遠くからじゃ状況が視認できない。奇襲するのは無理だ)

「やれたらそれで終わるんじゃが」

(あくまで救援だ。味方第一だ)

 それでも。

 変形した甲斐あり、ヘルブレイズの速度は音速を優に超えて、サーク隊長率いる徒歩ダイアウルフ部隊を今、追い越した。

 スマホのライブ配信から状況を確認しようとしたが、やはり都合よく位置関係を見せてくれる映像にはならない。

(ま、想定内だ。……正攻法。分かってるよな)

「うむ。……それもまた、ドラゴンこいつ向きじゃ」

 邂逅予定地点が迫る。

 減速し、少し離れた地点に轟音とともに地面を削って着地。

 ……そして、巨大類人猿はジュリエットが撹乱し続け……いや、地上から幾度か閃くような光線が発射され、類人猿の足や脇腹を抉っている。

 ジュリエットだけではない。

 少なくとも二人がかりで、戦いは続いている。

「着いたぞ! 下がれ、事故チャリめ!」

『……着いて早々喧嘩売ってんのか!?』

「その無様な姿でそれだけ威勢が張れれば上等ぞ!」

『くっ……!』

 ボロボロに壊れ、汚れたダイアウルフは、しかし一応、四肢が揃っている。

 まだ原形が残っている。

「あとは……我の、仕事じゃ!!」

 ジュリエットとツバサ。

 望み得る最高の援軍たちが、ジミー機を守っていた。

 だが、危うい戦いだ。いくらジュリエットがタフと言っても、ツバサが戦い慣れているといっても、類人猿の本気の攻撃が直撃すれば骨も残らない。

 等身大の彼女らが討伐するなら、一気に決めなければいけない戦いだった。

 虫を払う意識だった類人猿の殺意は本格的に彼女らに向き、天秤はいつひっくり返るかわからない。

 だからこそ、ヒューガが後を引き取らなくてはいけない。


「食らえ!!」


 リューガはジュリエットたちが取りついていないタイミングを見計らい、類人猿にヘルブレイズを激突させる。

 文字通り、ただのぶちかまし。

 身長がダイアウルフの倍もあるということは、高さ×幅×奥行き、全てが2倍で体積はざっと8倍だ。

 そのウェイト差は壮絶だったが……それでも、ヘルブレイズの竜翼の推進力は類人猿を軽く浮かせて転倒させるのに十分な力を発揮した。


 荒野と森がまばらに交わる障域外縁。

 上がる土煙が瘴気と混ざり合い、たたでさえ怪しい視界がさらにけぶる。

 それを前に、機械竜は組み合うには小さすぎる手を握りしめ、ファティングポーズをとる。


 武器はこの両手と尾部光刃剣スラッシュテイル

 それだけで充分だった。

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